オトナの恋は礼儀知らず
「舞さん。
 浩一さんの夢を叶えてくれてありがとね。」

 友恵の言った言葉に目を丸くした舞さんの目からみるみる涙がこぼれた。

「お母……友恵さんこそお父さんの側にいてくれてありがとう。
 あんなに幸せそうなお父さんを見られて私たちは幸せでした。
 お父さんは私たちにとても良くしてくれて……だから私に少しでも恩返しができたらって。」

 涙で滲む目で舞さんの姿が揺れる。
 涙脆くなって嫌になっちゃうわ。

「やーね。
 今まで通りお母さんって呼んでよ。」

「はい……はい……もちろん…………。」

 途切れ途切れの返事は涙を決壊させるには十分だった。
 しばらく二人ともはらはらと涙を流した。

 涙が落ち着いた……というよりも言わなくちゃいけないという雰囲気で舞さんは口を開く。

「お母さんを騙すようなことになって私達に失望するんじゃないかって……。」

「そんなことするわけないじゃない。
 いくら若くたって出産って大変だしリスクだってあるわ。
 それを……本当にありがとう。」

 再び声を押さえて泣く舞さんは肩を震わせた。
 その背中をさする。

 細い華奢な体。
 その体で自分の子どもではない子を産んでくれた。

 感謝こそしても失望なんてするわけがない。
 仮に私が妊娠していたら、私も赤ちゃんも危険だったかもしれないのだから。

 舞さんや浩一さんに守られて危険を冒さずに済んだからこそ、ずっと浩一さんといられたのだ。

「兄さんもお母さんには感謝しているわ。
 兄さんは前のお母さんとは合わなかったみたいで本当のことを知る前からそよそよしくて。
 だから私たちを本当の家族にしてくれたのはお母さんなの。」

「そんなこと………。
 私だっていっぱい幸せをもらったわ。
 全ては浩一さんのお陰なのよ。
 天国で逢えたら改めてたくさんお礼を言わなきゃね。」

 微笑む友恵の目尻にはたくさん刻まれた笑いじわに涙が光っていた。






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