恋愛ノスタルジー
ああ、仕方がない。

意を決すると、私はイーゼルに向かって駆け出した。

二、三十メートルの距離がやけに遠く感じる。

やっと辿り着いたものの、傘のない私はどうやって画を守ればいいんだろう。

その間にも雨は画を濡らし、様々な絵の具が交ざり合ってイーゼルに滴り落ちた。

「信じられないわ。持ち主は何してるのかしら」

無意識のうちに腕で画を庇うも、まるで意味がなく私は途方に暮れた。

「……たとえ駄作だとしてもこんな扱いひどい」

「持ち主は俺だしアンタに駄作と言われる筋合いはない」

「きゃあっ!」

突然真後ろから腕を引かれ、おまけに耳の近くで男性の低い声がして、私は竦み上がった。

その拍子に足首がカクンと曲がる。

「わ、わ」

「おっと!大丈夫かよ」

崩れ落ちそうになった私を助けようとして、その人は迷いなく私の腰に腕を絡めた。

否応なしに声の主に身体が密着し、私は仰け反って彼を見上げた。

「っ……」

心臓が音を立てて、一際脈打った気がした。

長身を屈め、至近距離から私を驚いたように見下ろした男性。

……月並みだけど……カッコいい……。

なんて綺麗な人なんだろう。

男らしい眉の下の、涼しげな二重の眼。

加えて精悍な頬や通った鼻筋は、かなり眼を引く。

引き結ばれた口元はいかにも潔さそうだ。
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