恋愛ノスタルジー
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行き先を告げたタクシーに乗りマンションに到着するまで、圭吾さんは一言も喋らなかった。

それから一旦離した私の手を再び握り、部屋へと入る。

私はといえば見慣れない圭吾さんの態度に冷や汗が出る思いだった。

だって美月が一体どんな事を言ったのかと思うと気が気じゃなくて。

リビングへと向かう圭吾さんの背中を見つめながら意を決して話しかけようとした時、ピタリと彼が足を止めた。

「彩」

低くて優しい声にトクンと胸が鳴る。

「……はい」

手を繋いだままの圭吾さんがゆっくりと私を振り返り、眩しそうに眼を細めた。

「彩。俺は……俺は嘘をついてた」

「……嘘……?」

急に喉の水分がなくなって張り付くような感覚に襲われる。

嘘って……嘘ってなに?

次に圭吾さんの口から出た言葉は、信じられないものだった。

「いないんだ。花怜なんてどこにもいない」

「え?」

圭吾さんが苦し気に私を見下ろしている。

「何……ですか?」

「彩。花怜なんて女性は最初から存在しないんだ」

「でも、電話で」

そんなわけない。

だってここで電話してたのを覚えているもの。

『ああわかってる。僕の心は君のものだ』

それから、

『愛してるよ、花怜』

私聞いてたもの。
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