エリート医師のイジワルな溺甘療法


ぽーっとした顔でバスに乗るわけにいかず、しばらく藤棚の下で休むことにする。忙しい彼と違って、時間はたっぷりあるのだ。

風に吹かれながらぼんやりしていると、棚の端に古い立札があることに気づく。


「藤棚の、謂れ……?」


それほど興味はないが、暇に飽かせて目を通していると「すみません」と声をかけられた。


「はい?」


目を向けると、そこにいたのは、薬品会社のスーツ女子だった。


「あなた、何者? 先生の妹なの?」


顔を斜に向けており、訊き方が敵意丸出しだ。すごく、分かりやすい。


「いえ、先生の彼女です」

「へえ、そうなの。でも言っておくけど、いい気にならない方がいいわ。先生には縁談があるのを知ってる?」

「彼に……縁談?」

「そう。院長の孫娘だって。先生は近々結婚するから、早急に新居を整えているらしいって噂だわ。まああなたは、そんなことご存知かもしれないわね。なんてったって“彼女”なんだから」


ニヤッと笑うスーツ女子の口ぶりだと、私が彼女だと信じていないみたいだ。

思い込んでてかわいそうだから、私が現実を教えてあげるという感じ。

彼が私のことを彼女だと言ったのも、要塞の攻撃だと思ってるよう。


「早くあきらめた方がいいわよ。じゃ、さよ~なら~」


ツンと鼻をあげて歩道の方へ歩いていく方向には、製薬会社のケースを乗せた台車がひとつある。

私がいるのを見つけて、わざわざこちらに来たんだ。あの子はいつも、ああやってライバルを蹴落としているんだろうか。

でも、院長の孫娘と縁談の噂か。それは、なんだか本当っぽい気がする……。


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