孤高なCEOの秘密を知ったら、偽装婚約で囲われ独占愛に抗えない
 父が旅館の経営を引退したのは、二年前の春。

 前々から地域の活性化に力を入れようとしていた父は、協会の仕事に専念するため、経営の一切を妹夫婦にゆだねた。

 二十歳で結婚した妹夫婦は、これまでの間に経営のノウハウを積み、今ではすっかり旅館業が板についている。

 自分のわがままで留学していた私は、大学卒業後も地元に帰ることはせず、妹だけに家のすべてを任せてしまったことに、大いに引け目を感じていた。


「こちら、私がお世話になっている会社の橘社長」

「いつも姉がお世話になっております。妹の詩織でございます」


 社長の紹介をすると、とても品のいい所作で頭を下げる若女将。

 「初めまして」とここは日本語であいさつを返す社長を、彼女が案内してくれる。


「肥前商事の橘様がお見えになりました。
 ご案内してさし上げてください」


 旅館のロビーは、上品なえんじ色の絨毯の敷き詰められている。

 私が最後にここへ足を踏み入れたのは、もう何年前のことだったか忘れてしまった。

 姿勢よく前を歩く妹の背中が、とても輝いて見える。

 ここは彼女が居るべき場所なんだと、胸の端っこが劣等感にぎゅっと絞られた気がした。
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