孤高なCEOの秘密を知ったら、偽装婚約で囲われ独占愛に抗えない
 落ち込む視線の先に見えたのは、さらさらと綴られる美しい文字。

 そういえば、社長が文字を書くのを初めて見た。

 いつも文書のやり取りは、パソコンが基本だったから。

 異国からやって来たにもかかわらず、日本語までも使いこなすなんて、考えてみれば本当に凄いことだ。

 日本の言葉も漢字も、英語圏の人からすれば難しいレベルだと言われるほどの言語なのに。


 叱られてしまったはずだったのに、長い指がさらさらと綴っていく美しい文字に思わず見惚れてしまう。


「支払いはこちらで済ませるので、会社への請求は必要ありません」


 ペンを置いた社長が丁寧な日本語で申し出ると、受付の女性が戸惑ったように私に視線を向けてきた。

 どうすればいいのかという視線を、代わりに私が社長へ向けなおす。


「あ、あの社長、ここは経費で出しますので……」

『今日の宿泊は完全にプライベートだ。会社からは出させない』


 私の戸惑いに、社長は淡々とした英語を返してくる。

 今返された言葉が英語だったのは、たぶんこちらの私的な都合をわざわざ旅館へとさらさず、私情に巻き込まないための配慮だ。
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