孤高なCEOの秘密を知ったら、偽装婚約で囲われ独占愛に抗えない
 お店の引き戸までのほんの数歩の間に、私はさらに頭をのぼせ上がらせてしまう。

 私が社長と離れた時間は、帰り支度のときと車に乗るほんの一瞬の間だけだった。

 そのどちらかのうちに、社長は運転手に行き先を告げていたのだ。

 なんたるスマートな身のこなし。

 この人のパートナーになる女性は、きっと自分のことをお姫様だと思い込まされてしまうんだろう。


 まだ見ぬ彼のパートナーに羨望を抱きながらも、今目の前で横にスライドされる扉は、私のために開かれていく。

 いつも会社帰りの疲れた足でやってくるこの場所が、まるでワンランクもツーランクも上の料亭のようにさえ思えた。


 藍の暖簾を潜ると、都会の冷たい喧騒から、一瞬にして懐かしさを感じさせる温かみのある飛び石の並んだ通路に迎えられる。

 もう一つ奥の扉との間にあるそこには、白砂利が敷き詰められていて、壁際に植えられた竹が風情を醸している。

 いつも来ていて馴染みのあまりに忘れそうになってしまうが、叔父のこの店は都内でも有数の高級寿司店だ。
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