孤高なCEOの秘密を知ったら、偽装婚約で囲われ独占愛に抗えない
 社長がどんなに辛辣な言葉を並べても、にこやかにそれを噛み砕いておじ様たちに伝えていた。

 英語のわからないおじ様たちが、日本語を理解しない社長の陰口を堂々と口にしていても、“私”という通訳がいたから、穏便に会議を進められた。

 それが私の、当然こなすべき仕事で、誰もその重みを知りもしないんだと、思っていたのに……


 ――『君は賢い』


 社長は、前から私を見てくれていた……


 ――『佐織』


 私を呼ぶ彼の声を思い出し、握りしめる胸元の服の奥で、心を熱くするなにかに目を閉じた。

 す、と息を吸い上げて、胸の熱さを体の外へと吐き出す。


 ここ数年、私は自分の存在意義に疑問を持つようになっていた。

 叔父に言われたように、ただ翻訳をする機械のような仕事。

 別に私でなくとも、今の時代英語を話せる日本人なんてごまんといる。

 春には、英語ができる新人が入ってくるかもしれない。

 中途採用で、バリバリ現役の通訳の子が入ってくるかもしれない。

 いつ、私が不要になってもおかしくなかった。

 たまたま、他にできる人材がいなかっただけ。運が良かっただけだ。
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