孤高なCEOの秘密を知ったら、偽装婚約で囲われ独占愛に抗えない
*


 二十畳のお座敷には、五台の御膳がそれぞれ向かい合って二列に並べられている。

 藍の座布団を置いた座椅子についているお客さまは、どのかたもスーツ姿だ。

 常連客はCEOやら会長やら、お高い肩書きのおじ様ばかり。

 誰もがおいしそうに、あの透明なイカの活き造りを口に顔を綻ばせていた。


 高さ三十センチ程度の舞台の脇からこっそりと覗くと、一番奥の席に一際存在感の強い橘社長が座っていた。


 ……心臓、喉から出てきそう……


 う、と口元を押さえて生唾を飲み込む。


 こんな緊張は本当に久しぶりだ。

 大きく深呼吸を繰り返して、舞台脇にも置いてある姿見の中の自分を見つめた。


 祖母に習った着付けで、綺麗に着物を着こなし、しなやかに立つ日本女性。

 メイクは白塗りではなく、普段よりも少し明るくした程度。

 いわゆる夜会巻きと呼ばれる髪型は、美容師の友達に教えてもらった。

 全身にヨレがないか隅々までじっくりと見回して、祖母にもらった扇子を一度ぐっと握りしめてから、金糸で織られた帯に刺した。
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