孤高なCEOの秘密を知ったら、偽装婚約で囲われ独占愛に抗えない
 小さな宴会場の舞台といえど、照明は眩しいもので、その中へしゃなりしゃなりと出ていく。

 ヒールを履いたときとはまったく違う歩き方で、足袋を擦りながら真ん中まで行くと、雑談に華を咲かせていたお客様達が静まり返った。

 きちんと合わせた着物の中でしなやかに足を折り畳む。

 扇子を膝の前に置き、両手をついて深くお辞儀をしてから顔を上げると、一番奥から圧倒的な存在感が視線を寄越してきた。


「本日は、お集まりいただきありがとうございます。
 皆様にはいつもご贔屓にしていただき、おかげさまでこの菊前寿司も今の厳しい時代を生き抜いております。
 皆さまへ感謝の気持ちを込めまして、本日はこの席をご用意させていただきました。

 今日は心行くまでごゆっくりとお楽しみくださいませ」


 橘社長の強い視線だけに囚われてしまわないよう、ひとりひとりのお客さまの顔を見渡しながら挨拶をする。

 すっかり板についた口上を淀みなく宣ってから、もう一度頭を下げた。
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