孤高なCEOの秘密を知ったら、偽装婚約で囲われ独占愛に抗えない
 男性相手にお酌をしているのだから、こういう勘違いをしてしまうお客さまはたまにいる。

 そういうときのためにと、お座敷には板前さんを必ず同席させているけれど、顔だけを振り返らせた先で見守ってくれていた板前さんが焦った様子で片足を立てたところだった。


 や、やだ、早く助け――……


「Excuse me.」


 心の中で救いを求める私の耳に、不意に“すみません”と流暢な英語が流れ込んできた。


「It is a very impudent man. Shall I help you?」
<ずいぶん不躾な男だな。助けたほうがいいか?>


 会長の息子のその隣に座っていたのは橘社長だ。

 お猪口を手にしたまま、悠長にのんびりと話しかけてきた。


 鋭さを消した眼差しに見据えられ、怯えていた心臓がたちまちのうちに安堵に包まれる。

 そしてその中心から噴き上がってきた熱。

 怯えとは違うものが体を震わせた。
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