溺甘豹変〜鬼上司は私にだけとびきり甘い〜
「飯食いに出てたのか?」
エレベーターの一番奥に身を寄せ、服の襟をパタパタとしながらそう問う九条さんにコクコクと頷く。どうして意識しているかもしれないと自覚した直後に、密室で二人きりになるかな……。
なにか話題を見つけねば。静寂に耐えられない。だけどそもそも共通の話題なんてないわけで、見つかるはずもない。
いつもはどうしていたっけ? あーわからない、わからない。背後から視線を感じるけど、振り向くに振り向けない。こんなことなら、ユリさんと一緒に外回りへ行けばよかった。
「西沢」
どうしようどうしようと、一人箱の中でテンパっているとどういうわけか、九条さんが私の名前を呼びながら近づいてくるのがわかった。狭い空間の中で徐々に距離を詰めてくる九条さんを背に思わず息をのむ。
……え? なに?
「なにぼけっとしてるんだよ。押せよ」
緊張で固まる私の真後ろにピタリと立ったかと思うと、九条さんの長い手が私の顔を掠めるように伸びてきて、オフィスがある8階のボタンを押す。
「自分の職場の階数も忘れたか」
息がかかるくらいの距離で、まるでからかうような言い草でそう言う九条さん。予測不能の出来事に、心臓はバクバクと早鐘を打つ。