溺甘豹変〜鬼上司は私にだけとびきり甘い〜
雨風が強くなる中、街中を走る。車内は無言。いたたまれない空気。息をするのも窮屈。
ちらりと隣を盗み見ると、九条さんも相変わらずの無表情。
その時ふと、ユリさんの言葉を思い出した。野獣っぽい顔。確かにそうだと思った。きっとパーツパーツがはっきりしているからなんだろう。それに浅黒い肌と、無精髭がその印象を強くさせているんだと、横顔を見ながらそう一人納得していた。
それに加え、鍛えていそうな逞しい体。ハンドルを握る腕は血管が浮き上がっていて、それが色っぽい。まさに男って感じ。口が悪くなければ、いい男なのに。
「なにジロジロ見てんだよ」
思わずまじまじと観察していると、九条さんに冷たくそう言われハッとした。なに鬼相手にドキドキしているんだ。いくら男の人と久しぶりに二人きりだからって。
「……すっ、すみません」
「お前はそれしか言わねぇな」
「す、すみません。……あ、すみません」
そうあたふたしながら慌てて視線をそらす。九条さんはもう完全に呆れているような、そんなため息を一つ零した。