溺甘豹変〜鬼上司は私にだけとびきり甘い〜
「九条さんてば、西沢のことよく見てるのね」
その会話を聞いていたユリさんが、財布片手に立ちあがりながら九条さんを見つめそう言う。
その声にハッとしてユリさんを見上げると、わずかに眉をひそめていて、もしかして機嫌を悪くしたのだろうかと、ドキリとした。
いやいや、違うんです。九条さんは深い意味で言ったんじゃないと思います。好きとか嫌いとか、男と女とかじゃなくて。たぶんそれは……。
「さぁ、行くよ! 西沢」
心の中で必死に言い訳を考えていると、ユリさんがいつもの口調で短く言った。
「えっ? あ、はい」
その声に、慌ててレジに向かうユリさんの背中を追う。
えっと……怒ってる?なんだかよくわからないな。結局ユリさんは九条さんが好きなのだろうか? 意味ありげな発言ばかりしてる割には、あっけらかんとしているし。
「そういえば西沢、お盆は帰省するの?」
レジでお会計をしながら、ユリさんが徐にそう問う。その言葉に思わず小銭を探す手が止まった。
「いえ。多分しません。毎年家でゲーム三昧の引きこもりです」
「地味ねぇ。ちなみに地元どこだって?」
「東北です……魚、おいしいですよ」
いつか来てくださいね、そう言いたかったけど寸前で飲み込んだ。