溺甘豹変〜鬼上司は私にだけとびきり甘い〜
あまり昔のことは思い返したくないが、私の地元は小さな港町。そのせいか、みんな親戚のような感覚で、学校の友達は兄弟のような強い絆で結ばれていた。
だから些細な噂や、ちょっとした事件はあっという間に広がるようなところだった。小さな小さな世界。それが私の育った場所だ。
そんな田舎で育った私。学校帰りはおばあちゃんの家に寄るのが日課だった。行く度におばあちゃんが駄菓子をくれ、食後は当たり前のように熱いお茶を出してくれた。
遊びといえばみんなが外で走り回る中、おばあちゃんとお手玉やおはじきをするか、絵を描くかだった。
明るい子供とは言えなかった私。だけどおばあちゃんだけはそんな私を否定せず、絵が上手だと褒めてくれた。
ふと幼少の頃思い出し、胸がぎゅっとつまるような感覚になる。両親のことも、地元のことも、もう随分前に諦めたはずなのに。
そんな私を後から会計にきた九条さんが、どこか見透かしたような目で見ているのに気が付いた。一瞬目が合ったが、慌てて逸らし俯いた。