溺甘豹変〜鬼上司は私にだけとびきり甘い〜
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福々亭を出てオフィスに戻るとすぐ、不思議な動きをする人物が目に入った。
「何してるんでしょう、彼」
隅の方で壁に向かって電話をする真壁くんは、見るからに挙動不審。壁に小突いてみたり、寄りかかってみたり、終いには壁ドンまで。
何がしたのだろうとポカンとしていると、隣から彼女でもできたんでしょ、と言うユリさんの冷たい声がして、思わず大きな声が上がった。
「えぇっ! 彼女⁉︎ 昨日別れたばかりなのに早っ!」
だって昨日から24時間たっていないぞ。もし本当に新しい彼女ができたなら、ギネスブックに載るんじゃ。
ある意味感心しながら、いまだ楽しげに電話をしている真壁くんを見ていると、悪寒でもしたのか、真壁くんは一瞬振り返った後、じゃあまた、と言っていそいそと電話を切った。そして何食わぬ顔で席へと戻って行く。
「ちょっと真壁、あんた西沢に言うことあるでしょ」
私たちの存在がまるで見えていないかのような素振りの真壁くんに、ユリさんが彼を追いながら言う。
私は慌てて、もういいですからとユリさんの腕を引っ張った。だけどユリさんは聞き入れる様子もなく切り込んで行く。