ダ・ル・マ・3・が・コ・ロ・シ・タ(上) 【完】
車を走らせること、2時間半。
カーナビは一旦休憩に入った。
「あの家かな?」
失礼ながら、辺鄙といえるその場所に大橋と書かれた表札があり、少し離れた広い路上に車を停める。
「路駐し放題なのはいいけど、こんな田舎じゃ不便だろ」
「シー! そういうこと言わないの!」
僕のテヘとペロリには目もくれず、彩矢香は古い門扉を開けて玄関に向かう。
そのくせ、
「話したのはたっちゃんでしょ!」
と、チャイムの前で手招きをした。
——ピンポーーンッ。
家の外まで聞こえる軽快なその音。返事はない。
寝不足によるナチュラルハイなテンションが、僕の中のヘンなスイッチを押してしまったようだ。
「一万円札に描かれている偉人の名は?」
「ぇ、福沢諭吉」
——ピンポーーンッ。
しょうもない悪ふざけに、彩矢香はキッと睨んで、
「カラオケのリモコンで殴ってやろうか?」
と、めずらしく時事ネタでツッコむ。
どうやら彼女にも限界が近づいているようだ。
「はい」
束の間、擦りガラスの向こうに人影が見えて、いよいよ冗談も言えなくなった。
——ガラガラガラガラッ。
「ぁ、あ、あの僕は電話で話した水嶋です」
「……どうも。遠い所までわざわざすみません。私は、大橋沙奈です」
やはり、若かった。
そう僕らと変わらないか、ヘタをすれば、年下かもしれないぐらいに。
ただ、女性としての風格があるのもたしか。
年齢を訊くわけにもいかず、わずかなモヤモヤを抱えながら歩く廊下。
だがすぐに、醸しだす風格の理由がわかる。
「ぁ!」
「ぇ?」
どこからか聞こえてくるか細い天使のうめき声。
「あーシンちゃん、ママここにいるよー」
今にも泣きだしそうだった赤ちゃんは、母親に抱かれて事なきを得た。
「ごめんなさいね。この子まだ産まれたばかりで、だから来てもらうしかなかったの」