ダ・ル・マ・3・が・コ・ロ・シ・タ(上) 【完】



そのときだった。

——ガラガラガラガラッ。

チャイムも鳴らさずに入ってくる訪問者。

「ぁ……」
「……ぁ」

僕ら互いに目を合わせ、ものの2秒の探り合い。

相手は30歳前後の男で、高そうなスーツにそぐわず、両手に大きな買い物袋を持っている。

正常な判断ができない今の段階で導きだした僕の答えは、

「あなたがサエノマサキさんですか?」

だった。行方不明というのはねつ造だという根拠の下。

しかし、

「いや、ちがうよ。僕は宇治木です」

「宇治木さん! 忙しいのに、ありがとうございます」

「いいんだよ、沙奈ちゃん。この子らがキミの言っていた?」

「そうです」

「……まさかな。敬太君がいなくなって、彼女がまた現れるなんて……」

「……えぇ」

含みばかりが節々に入り混じる会話。

もしもこのふたりの物語があるのなら、僕らは読まなければ始まらないと思った。

「どうぞ、座って」

宇治木はこの家の主人に遜色なく、冷蔵庫を開けて食材を詰め込み、煎茶の在りかまで知っている。

お上品にお話を訊くタイミングは、そのお茶にお礼を言った後だろう。

彩矢香は会話に困り、家の中を視線だけで駆け回っていた。

僕はとりあえず、当たり障りのないところから触ってみることにする。

「お子さんのお名前は?」

まったく“お”が多すぎて、自分でも気色が悪い。

「シンパチです」

「え⁉」

今時そんな古風な名前、キラキラネームにアナフィラキシーショックでも起こさないと付けない。

「今時そんな古風な名前って思ったでしょう?」

僕は驚きを隠せていなかったのだろう。

「ぁ゛……いや」

すると、本棚に置いてあった一冊の本を差しだした。




 
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