ダ・ル・マ・3・が・コ・ロ・シ・タ(上) 【完】




ひとたび平穏に戻った室内。

彩矢香は小指にも満たない小さな手のひらで戯れている。

「よかったら、抱いてみる?」

「え⁉ ぃやぁの、きっと起こしちゃうから……」

「一度寝たらなかなか起きないの。そういうところは父親に似たのね。はい」

「……ぁ」

戸惑いで引きつっていた顔が、次第にほころんでいく。

「カワイイ……」

いや、美しい。その斜め45°は。

僕の思い描く未来そのものの姿だった。

「あの、僕らもそろそろこれで……」

「えぇ。絶対にお友達を助けてあげてね」

「必ず助けます。ありがとうございました」
「ありがとうございます」

玄関まで見送ってくれた沙奈は、戸に手をかけた僕の動きを止める。

「ちなみにだけど……」

てっきり、死んだ者の数を訊くんだと思った。

「今日は車で?」

「はい」

「少し先の、赤い?」

「そうです」

「じゃ、あのお友達はなぜここへは?」

「「ぇ⁉」」

僕らはふたりだけだと告げると、彼女がいぶかしげに言う。

「でも、車の脇にひとりいたじゃない。あなたたちのことも見ていたし」

沸き立つような不穏な予感がして、僕は玄関から飛び出す。

周囲には、手押し車の老婆だけ。

車まで行くと、そのボディを舐めるように見回した。

前や、後ろも、下だって。

「何してるの?」

そのブーツじゃ履くのに手間取ったのか、彩矢香は遅れて追いついた。

「誰かが尾行してたんだ。もしかしたら……」

なんとなくだったカンは的中し、

「こ、これ⁈」

後輪の脇に貼り付けられている携帯電話を発見した。

もちろん、僕よりも所有者が驚く。

「なんでこんなトコに⁉ 誰が⁈」

電源は入っていた。おそらく、GPS付きだろう。

瞬と思考に浮かぶ、康文と山口と玄の顔。

「…………」

証拠は無いし、動機も不明瞭。だから僕は口をつぐむ。

家から出ずに見守っていた沙奈は、やまびこでも起きそうな大きい声で尋ねる。

「どーしたのー!」

これは、僕らを取り巻く過去と現在の問題だろう。

沙奈には関係が無い。

僕らを死の恐怖から解き放ってくれた人。そして、彼女にはあのようにして守るべき者がいる。

「なんでもありませーん! 本当にありがとうございましたー!」

話さずに行くことが最良だと思った。



 
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