ダ・ル・マ・3・が・コ・ロ・シ・タ(上) 【完】
ほとんどの中学生は、宿題も忘れて、夏休みを謳歌する。
だけど私には何もなかった。なんにも。
増えたのは思い出ではなく、体重と偏差値。
そうした体の変化は、ある悩みをもたらす。
1学期の教室で続々と寄せられていた興奮交じりの初経報告。
隠れたリスナーの私の身にも、そのお便りが届くはず。
でも、いつになっても来ない。
しつこいようだが、そらからの手紙と同じで。
思春期の悩み。特に女の子なら、普通は母親に相談するのだろう。
しかし、母はなにやら男に夢中なご様子。
秋口には、朝帰りどころか家を空けることもしばしばになっていた。
見る見る太る娘に、心配の“し”の字もない。
この頃から、私はネットに依存しはじめる。
とにかく楽。顔も素性も知れないから、深い話も気軽にできた。
ネットの世界にもたくさんの先生がいて、
【急激な体重の増減によってホルモンバランスも崩れます。それに、夜ふかしをしていませんか?成長期に睡眠をおろそかにすることも、初経の遅れにつながります。でも個人差がありますから、今はまだ心配することはありませんよ!】
どこの誰だかわからない人の言葉に、不安は和らげられ、励まされた。
顔を見合わせて話をできる人たちは、私の心から去ったのに……。
裏切らないモノはただひとつ。知識。
勉強をすればする程に培えて、私との絆は深まった。
その結果、中学1年を終業する段階で、日本トップの「大学」に進学できる偏差値をすでに持っていた。
そらと初めて公園のブランコで遊んだのは、小学4年生の6月21日、夕方4時38分。
母がレタスとキャベツを間違えて買ってきて、ふたりで大笑いしたのは、小学5年の11月10日。夜7時13分。
そろそろ、自分という生き物がこわい。
膨大な記憶や知識が、私の核となる脳をメルトダウンさせるのでないか。
39度の熱が出た日、本気でそう思った。
いや、いっそのこと壊れてしまいたい。
そらとの楽しかった思い出や、母と共に歩んだ日々を忘れてしまえるのなら、この虚無感から抜け出せる気がするから。
おそらく人よりも明瞭で尺の長い走馬灯を、消去しようと躍起になった病床のあの夜。
興味のあることだけに特化していたはずのこの完全記憶脳には、もうひとつの共通点があった。
『さっちゃんてさ、無口じゃん? 一緒にいてもつまらなくない?』
『あぁ~わかるー』
『うんうん』
小学4年、昼休み後の掃除の時間。午後2時9分。
すなわち、“トラウマ”だ。
いや、これに関しては人と何ら変わらないのかもしれない。