ダ・ル・マ・3・が・コ・ロ・シ・タ(下) 【結】



母娘だけの時間が持てるようになると、香澄は全員を病院の応接室から追いだした。

そして、私に粛々と語りはじめる。

『驚いたでしょうね。あなたも思っていたはず。会社はいずれ弟の聖矢が継ぐと。あんな事件があったからじゃないのよ。日付を聞いたでしょ?』

『ぇ……気が動転しててそこまでは』

平成7年11月10日。

私にはゆかりのない数字だから、耳にすら入ってこなかった。そう、“ワタシ”には。

『あなたが生まれたその日、あの人は遺言状を書いたの。私たち夫婦がずっと待ち望んでいた出会い。それがサヤちゃん、あなたよ。生まれた瞬間に、宝泉グループを継ぐのはあなただと決めた。親戚や役員に何を言われようがね。それからふたりで約束をしたわ。あなたが学生でいられる内は、うーんと自由にさせてあげようって。だって、会社を率いるようになったら、自由なんてないもの。せめて22年間だけでも、親からは何も求めず、求められたら何でも応えてあげる。そう決めたの。ま゛さか……ン゛すぐに、こうなるなんてぇ゛思いもズッ、しな゛かったけ゛ど』
だからどうした。私にはそのヒステリーもヒストリーだって、まったく心に響かない。

むしろその放任的自由主義が、あのいじめを生んだのではないかと恨む。

私にとって、晴れ間を覗かせることができる秘密は1つだけだ。

『ねぇ、お母様。正直に答えて』

『なに?』

『……お父様に隠し子はいなかった?』

『っ⁉』

たった一言で、ハンカチが必要なくなった。

『だ、誰に聞いたの⁉ 本人? もしかして、あの女⁈』

『……そう。知ってるんだね』

明らかに語気を強め、表情が刻々と怒りに満ちてゆく。

『えぇ。あの頃は跡取りに恵まれなくて、申し訳ないと思ってた時期だから、知らないフリをしてあげてた。相手は身体でお金を稼ぐような哀れで汚ならしい女だし、魔が差しただけだってね。でも、図々しくあの人との子どもを産んで、しかもあなたと同じ中学に通わせた。名前は…』

『大貫幸恵。でしょ?』

『そ、そうよ。全部知ってるのね』

『うん』

知っているとも。この世の誰以上に。



 
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