再会した幼なじみは黒王子? ~夢見がち女子は振り回されています!~
午後の業務が始まってからも、私はトイレに立つ以外はずっと、デスクで作業を進めていた。
少しずつペースを掴めてきた気はするけれど、やっぱり進みは遅い。
資料の仕分け作業しかしていないのに、初日からこんなにアップアップの状態だなんて、これから先ちゃんとやっていけるのか不安な気持ちが大きくなる。
それに、翼くんに“できない女”だと思われたくない……。
そんな感情に襲われながら、私は定時が過ぎたことにも、オフィスから人が消えていくことにも気づかないまま、一心不乱に作業を進めていた。
「ひゃっ……!?」
電子辞書にかじりついていた私の頬に、あたたかくて固いものが触れた。
驚いて顔を上げると、そこには笑みを浮かべた翼くんが立っていた。
「お疲れ様」
「翼……じゃない、瀬戸さん。お疲れ様です」
「まだ残ってたんだな。適当なところでやめて、帰ってよかったのに」
「いえ、まだ半分も終わってないので、できるところまではやりたくて……。作業が遅くてすみません」
「それは気にしなくてもいいけど、もしかしてわからないところがあって進まなかった? 何かあるなら聞こうか」
「今はまだわからないところはないんですけど……あの、英語に少し戸惑ってしまって」
「あぁ、英語な。それは想定内だから大丈夫。英語の資料が多いから大変かもしれないけど、もう今日は疲れただろうし作業は止めて、明日以降また進めてくれればいいよ。無理しても、効率は上がらないから」
「はい。すみません」
「謝らなくていいって」
彼の優しい言葉と笑顔に、なんだか気を遣わせてしまったみたいで目線を落としてしまうと、目の前にコンビニカフェのカップが現れた。
ついさっき、私の頬に触れたものだろう。
「ミルクティー。ミルクと砂糖たっぷり入れたやつ、好きだったよな」
「あ、はい……」
「よかったら飲んで。あと、敬語はもういいよ。他の人たち、もういないし。今日はみんな早かったみたいだな」
「えっ? 気づかなかった……」
辺りを見渡すとがらんとした空間が広がっていて、オフィスには私と翼くんしかいない。
確かに何人かに声をかけられた気がするけれど、作業を進めることに夢中であまり気にしていなかった。
時計を見ると、もうすぐ午後8時になるところだった。