鉄仮面女史の微笑みと涙
変な弁護士
私が海外事業部に異動になって1週間がたった
明日から3日間、関西へ出張に行くことになり、その準備を慌ただしくしていた
本当は、私と宮本くんだけで行けばいいのだが、私が慣れるまで、出張の時は相川課長か神崎課長が一緒に来てくれることになっている
今回は神崎課長が着いて来てくれるらしい
相川課長の奥さん、進藤課長は妊娠しているし、神崎課長も小さいお子さんがいる
それなのに、出張に着いて来てくれるのが申し訳ないから、私と宮本くんだけで頑張ると皆川部長に言ってみたのだが


「それはそれ、これはこれ。2人に申し訳ないと思うんなら、早く仕事に慣れればいいだろ?」


と、素敵な笑顔でごもっともなことを言われ、私は、はいと言うことしか出来なかった


「加納課長、これチェックお願いします」
「はい、分かりました」


宮本くんに明日からの出張の為の書類を渡されてチェックを行う


「宮本くん、ここのデータなんですけど……」
「あ……すいません、作り直します」
「よろしくお願いします」


本当はここでにっこり笑って言えばいいのだろうけど、私にはそれが出来ない
でも宮本くんはそれにも構わずちゃんとやってくれてる
申し訳ないぐらいだ
そんなことを考えていたら、席を外していた皆川部長に呼ばれた


「加納課長、来週のT建設との打ち合わせの件、どうなってる?」
「それなら、来週の水曜日の11時にT建設の穴井常務とアポ取れました。その時の企画書をメールで送ってますので、チェックお願い出来ますか?」
「もう出来たのか?」
「はい」
「昨日頼んだやつだぞ?」
「はい。明日から出張ですので急いで作りました」
「……分かった。見てみる」
「よろしくお願いします」


部長がパソコンに目をやるのを見て、私も仕事をする為に自分のパソコンに目をやった
しばらくすると、後ろから皆川部長の声が聞こえてきた


「凄いな」


私はダメだったんだろうかと思って、部長の方へ振り向いた
部長がそんな私に気付き、にっこり笑った


「加納課長、完璧です。このまま穴井常務に持って行こう」


部長のその言葉に、外出している麻生くんと、木下さん以外の全員の目が私に集中する
私はその視線に耐え切れず俯いた


「相川課長、神崎課長、加納課長のこの企画書、メールしとくから君たちも内容を把握しといてくれ。いずれ君たちにも手伝ってもらうから」
「はい」
「分かりました」


相川課長と神崎課長が自分のパソコンに目をやる
私はなんだか居たたまれなくて、自分の仕事に集中した
しばらくすると皆川部長の内線が鳴った
どうやらお客様が来たらしい
海外事業部の部屋の中には打ち合わせ室と応接室がある
海外事業部にお客様が来たら、この部屋の応接室を使う
私は部長の電話が終わる前に応接室に行き、部屋の灯りを点けて、扉を閉めた
その頃には部長の電話は終わっている


「部長、お客様のお名前は?」
「ああ、弁護士やってる柳沢透吾。僕の同級生なんだ。ちょっと相談事があって来てもらった」
「分かりました。お迎えに行ってきます」
「よろしく」


私はお客様をお迎えする為に、エレベーターの前まで向かう
エレベーターが15階に到着し扉が開くと同時に私は頭を下げた


「いらっしゃいませ」


私の目線にお客様の靴が見えた
私は頭を上げてお客様を見た
そこには、皆川部長の同級生だけあって背の高いすらっとしたハンサムな人がいた


「弁護士の柳沢先生でいらっしゃいますか?」
「はい。そうですが」
「皆川がお待ちしています。応接室にご案内します。どうぞこちらへ」
「そりゃ、ご親切にどうも……」


私が柳沢先生をお連れして海外事業部へ入ると、皆川部長が立ち上がって柳沢先生を出迎えた


「久しぶりだな、柳沢」
「本当に。久しぶりに連絡があったと思ったら、自分の会社に来いだもんな。俺はこんな立派なビルになんか、来たくねーっつったのに」
「そう言うなよ。応接室で話そう。加納課長、悪いけどお茶頼めるかな?」
「はい。すぐにお持ちします」


私が給湯室に向かいお茶の準備をしていると、相川課長、神崎課長、宮本くんの会話が聞こえてした


「神崎課長、皆川部長が同級生を会社に呼ぶなんて初めてじゃないですか?」
「そうだよな。相川、お前なんか聞いてたか?」
「いいえ、何も。でも、弁護士って、何事でしょうか?」
「さあ?」


3人がそんな会話をしている中、私は応接室へと向かった


「失礼します」


応接室の扉を開けると、2人の楽しげな笑い声が聞こえてきた
私がお茶を出している間も2人は学生時代の思い出話しをしていて、仕事の話しをしているようには思えなかった
私はお茶を出し終えると席に戻り、仕事を再開した

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