鉄仮面女史の微笑みと涙
「加納課長、この企画書本当に完璧だね。びっくりした」
「えっ?」


私に突然話しかけたのは神崎課長
びっくりして神崎課長を見ると、にっこりと笑っている
それを見ていた相川課長も神崎課長と私のデスクの間まで来て話しに加わってきた


「うん。俺もびっくりした。こんな短期間であんな企画書作れるなんて、本当に凄い」
「いえ、そんなことは……」
「そんなことあるんだよ、加納課長。多分、俺も相川も、皆川部長に完璧なんて言われたことないよ。なあ?相川」
「ええ。だから、さっきの部長の言葉、耳を疑った」


そう言って笑いあう2人を呆然と見ていた


「加納課長。もっと自信持った方がいい。海外事業部に来た以上、取引先とも交渉しなくちゃいけない。君がそんな自信なさげにしてると相手に付け込まれることもあるかもしれないよ?」
「神崎課長……」
「そうそう。まだ短期間しか一緒に仕事してないけど、加納課長が仕事出来るっていうのはここをいるみんなが認めてるんだよ?」
「相川課長まで……」


私が2人の言葉に俯いていると宮本くんがキーボードを打ちながら言った


「そうですよ。来客が来たからって、電話が終わる前に応接室の灯りを点けて扉を閉める人なんか今まで居ませんでしたよ。加納課長がそうやってるの見て麻生さんと木下さんと話してたんです。これからは俺達3人でやらなきゃなって」
「じゃなんでさっきはやらなかったんだよ?」
「相川課長、俺今、さっき加納課長にダメ出しされた書類やり直してるんです。ぶっちゃけ、加納課長のチェック、皆川部長より厳しいっすよ」


目も合わせずに書類作りに没頭している宮本くんに、相川課長と神崎課長が吹き出した


「そりゃ大変だな。今度うちの麻生の書類チェックもお願いしますね。加納課長」
「うちの木下のもよろしく」


そう言って笑いながら相川課長は自分のデスクに戻り、神崎課長も自分の仕事を再開した


私が仕事が出来る?
自信を持った方がいい?
皆川部長よりも厳しい?


何を言ってるんだろうこの人達は
理解できない
私は何も出来ない
私はダメな人間
私は何も取り柄もない
何故みんなそんなことを言うのだろう
本当に何で……


私は俯いて下唇を噛んだ
そしてしばらくすると応接室の扉が開いた
どうやらお客様が帰るらしい
私はお見送りしようと立ち上がった
すると、弁護士の柳沢先生は私の前で立ち止まって私の顔をじっと見ている


「あの?」
「加納、課長さんだっけ?」
「はい、そうですが……」
「あんた、いつもそんなこの世の不幸全部背負ってますって顔してんの?」
「……は?」


あまりの言葉に絶句した
他のメンバーも呆気にとられている
今まで影でいろいろ言われてはきたが、面と向かってハッキリと言われたのは初めてだった
それでも言い返せずに俯いていると、顎をクイっと上げられて、柳沢先生と見つめ合う格好になる


「あんた、笑ったら可愛いと思うんだけどな〜」
「……離してください」
「ちょっと笑ってみてよ」
「困ります!」


私は咄嗟に柳沢先生の手を振り払ってしまった
やってしまった後に、皆川部長のお客様だということを思い出す
私は慌てて頭を下げた


「申し訳ありません!」
「なんだ、ちゃんと自己主張できるじゃん」
「え?」


びっくりして顔を上げると、柳沢先生はニヤリと笑っていた


「おい柳沢、僕の部下に何してるんだ?弁護士がセクハラで訴えられるようなことしてどうする?それに、加納課長は既婚者だ。こんなところでナンパするな」
「な〜んだ。そりゃ残念」


柳沢先生はさほど残念じゃなさそうに肩を竦めて、1枚の名刺を私に差し出した


「じゃもし、旦那と離婚したくなったら連絡してください。さっきのお詫びでお安く相談にのりますよ」


私が動けないでいると、柳沢先生は強引に私に名刺を手渡した


「じゃ、皆川。またな」
「ああ、今日はありがとう」


柳沢先生は手をヒラヒラさせながら部屋を出て行った
私は手渡された名刺をボーッと見ていた


「変な弁護士さん……」


私がまだボーッとしていると柳沢先生を見送ったのか皆川部長が戻ってきた


「加納課長、悪かったね。あいつ、ああ見えて悪い奴じゃないんだ。許してやって」
「あ、はい。気にしてないので大丈夫です。応接室片付けてきます」


いつもなら貰った名刺はちゃんと名刺ホルダーにしまうのだが、この時の私は動揺していたのか、デスクに置いてある自分のカバンに柳沢先生の名刺を入れた
そして応接室を片付けに行った
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