鉄仮面女史の微笑みと涙
そうこうしてるうちに柳沢先生が慌ただしく部屋に入ってきた
私達がびっくりしていると、先生はにっこり笑って1枚の用紙を私の前に差し出した
それは……
夫の名前が書かれている離婚届
ちゃんと印鑑も押してあった


「先生?これ……」
「言っとくけど、捏造じゃねえぞ」
「でも、だって……」
「言っただろ?早めに決着つけるって」


私は信じられない気持ちで離婚届を手にする
確かに夫の字に間違いない


「早く書いたらどうだ?印鑑あるんだろ?」
「あ、はい……」


私は震える手で記入しようとするが、なかなか記入できない
進藤課長が私の背中を優しく撫でて落ち着いてと言ってくれた
なんとか記入し終えると、先生が保証人の欄に署名捺印した
そして先生は相川課長夫妻に言った


「悪いけど、どちらか1人保証人の記入お願いできますか?保証人が2人いるんですよ」
「じゃ、私が書きます」


進藤課長は迷わず言ってくれて、相川課長が印鑑を進藤課長に手渡した
素早く署名捺印してくれて柳沢先生に離婚届を手渡した


「進藤課長、すいません。こんなことまで」
「何言ってるの。私達、もう友達でしょ?」
「え?」


私が驚くと、進藤課長はにっこり笑った


「さて、今から役所に行くけど、あんたも来るか?」
「はい。行きます」


私は支度して先生と一緒に出ようとすると、進藤課長に聞かれた


「加納課長、名字、何になるの?」
「……高橋。高橋です。高橋海青になります」
「そう。高橋課長、行ってらっしゃい」


私は2人に頭を下げて先生と役所に向かった
その道すがら、先生は色々と説明してくれた
最初、夫はやっぱり離婚を渋ったらしい


「離婚したくなかったら、今までのカミさんに対する慰謝料として一千万払え。払えないなら流産した時のこと訴えるぞって言ったら、慌てて離婚するって言いやがった」


一千万?!と驚いていると、先生は作戦だから気にすんなと笑っていた
流産した時のことは、カマをかけてみたらやっぱり夫が突き飛ばしたと認めたらしい


「訴えてもいいんだぞ?」
「いえ。もう済んだことなので」
「そうか」


それと、離婚の条件として慰謝料300万を払うことを約束したらしい


「一括は無理だがな。給料を差し押さえてでも毎月払わさせるから」
「でも、夫がよくそんな条件を……」
「素人が知らないような法律用語を並び立てたら一発で落ちたよ」


弁護士って凄いと思っていると役所についた
先生と窓口に行き、書類を提出する
係りの女性が書類をチェックして言った


「確かに受理しました」


私はその言葉を聞いて、呆然とした
本当に、離婚できたんだ……
先生に促されて役所を出た
ふと見上げてみると綺麗な空が見えた
そういえば、ここ数年空なんか見てなかった


「高橋……海青さん」


そう呼ばれて振り返ると優しく笑っている先生がいた


「離婚、おめでとう」


それを聞いて、涙が溢れた
先生はそんな私の手を取り、人気が少ない場所に連れて行ってくれて、ハンカチを渡してくれた
そうして、私が泣き止むまでずっと側に居てくれた


まだ仕事が残っていたので会社に戻ると言ったら先生が送ってくれた
先生に何回もお礼を言った
先生は仕事だから気にするなと言ってくれた
会社に着いたら、先生はまた連絡すると言って事務所に戻って行った
私が海外事業部に戻るとみんな戻ってきていた


「あの、部長。すいません。外出してました」
「いや、良かったな。高橋課長」
「部長、何で?名前……」


相川課長を見ると、親指を立てて笑っていた
みんなも優しく笑っていた
私はまた涙が溢れてきて、しばらく仕事にはならなかったけど、みんな何も言わずに見守ってくれていた


私は今日、『加納海青』から『高橋海青』になった
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