鉄仮面女史の微笑みと涙
車へ向かうと今日も車高の高い趣味の車
多分、休日はこの車を使っているんだろう
先生はスーツケースを積み込み、私を助手席に乗せた
自分も運転席に乗り込むと、車を出発させようともせず、私を見ていた
「どうしたんですか?」
「ん?髪型変わると、雰囲気全然違うなと思って」
「もう、先生ったら。何も出ませんよ」
「そりゃ残念。行くぞ」
走り出す車
駐車場を出て部長宅のマンションがどんどん遠くなる
私はなんだか不思議な気持ちでマンションを見ていた
「どうした?」
「部長の家に居たのは10日間ぐらいだったのに、色々あったなあと……」
「そうだな」
友達と仲直りし、新しい友達も出来た
そして、離婚して名前も変わった
あんなに辛くて苦しかった毎日が嘘みたいだ
「今の生活が夢みたいです」
そう言って笑うと、先生も笑った
車はアパートに着き、私が住む部屋に入る
私が細々としたものを片付けている間、先生は家具の配置を変えたり掃除をしてくれた
なんだか申し訳なかったが、暇だから気にするなと言って笑っていた
片付けがひと段落するとお昼になっていたので、近くのスーパーでお弁当を買うことにした
「このスーパー、品揃えいいですね」
「へえ、そうなんだ。今日の晩飯、一緒にどこか食べに行くか?どうせお互い1人だし」
「私は構いませんけど、先生はいいんですか?」
「別にいいけど?」
先生は、ん?と首を傾げてこっちを見る
「彼女さんとかいたら、申し訳ないなぁと」
「いたら今日あんたを迎えになんか行かずにデートしてるよ」
「それもそうですね」
「何か食べたいものあるか?」
「えっと……しいて言えば、美味しいお刺身が食べたいです」
「刺身?」
予想外の答えだったのか、先生はびっくりして私を見る
「私の父、漁師なんです。だから大学に入って、こっちで買ったお刺身食べてびっくりしました」
「そりゃ新鮮さが違うだろうな……あのさ……」
「はい?」
「九州のご両親、心配してたぞ」
「え?」
なんで先生が両親のことを?
今度はこっちがびっくりして先生を見ると苦笑していた
話は長くなるからと、買い物を済ませ、アパートに戻り、お弁当を食べながら先生が教えてくれた
先生は私から依頼を受けた後、両親にも連絡をとってくれていたそうだ
私に何か変わったことがなかったか聞きたかったようなのだが……
「結婚してから一度も帰ってないらしいな。それどころかあの馬鹿旦那、挨拶にも来てないらしいじゃないか」
呆れながら言う先生に、私は静かに頷いた
「あの人はとりあえず入籍することにこだわってました。今考えれば融資部に残るために必死だったんでしょう。入籍したあと、いつ両親に挨拶に行ってくれるのか聞いたんですけど……」
「行かないって言ったのか?」
「はい……『何故僕がそんな九州の田舎に行かなくちゃいけないんだ。それに、漁師が身内なんて僕は周りに知られたくないからね。君もむやみやたらに電話したり帰ろうとは思わないでくれ』と。結婚してから携帯と家の電話番号も変わったので、実家からは連絡のでしようがなかったと思います」
元夫のセリフに先生は呆れてため息をついた
私も今考えると何故そんな元夫に従ったのか分からない
「お母さんにあんたが離婚することを考えてると言ったら、すぐにそうさせてやって下さいって言われた。お父さんなんか、なんでもいいから1回帰って来いって伝えろって電話口で怒鳴られたよ」
思い出して笑う先生に、小さくすいませんと言った
「離婚成立したことは連絡してるから、ご両親に電話した方がいい。本当に心配してた」
「はい」
お弁当も食べ終わり、窓の向こうに広がる景色を見る
「海も見えるんですね」
「ああ」
「夜景を見るのが楽しみです」
「……ちょっと聞いていいか?」
「はい?」
「あんたの名前、つけたのはお父さんか?」
突然の質問にびっくりしたが、はいと頷いた
「私が産まれた日も父は漁に出ていたそうです。その日はとても海が青くて綺麗だったから『海青』と……父が漁師だと言ったからですか?」
「ああ……珍しい名前だから、何か意味があるんだろうなと思っただけさ」
そしてまた片付けを始めた
片付け終わる頃には夕方になっていたので、2人で夕飯を食べる為に出かけた
先生が連れて行ってくれたお店は居酒屋だった
「ここなら美味しい刺身が食べられるよ」
と言ってくれて嬉しくなった
こうして外食するのも結婚してから行かなかったので楽しかった
先生が頼んでくれたお刺身も美味しかったし、久しぶりにお酒も飲んだ
久しぶりのお酒はすぐに酔いがまわって先生に止められた
帰り道、私はご機嫌になっていて、先生は呆れながらも私と一緒に歩いていた
「楽しそうだな、高橋海青さん」
「はい、楽しいです。先生のおかげですよ?離婚できたのも、あんないい家に住めるのも、今日美味しいお刺身食べられたのも、美味しいお酒を飲めたのも、ぜ〜んぶ先生のおかげです。ありがとうございます」
へへっと笑う私に先生は吹き出した
そして、アパートまでたどり着くと、私は先生に頭を下げた
「先生、今日は何から何までありがとうございました。これからも、よろしくお願いしますね。大家さん」
「はいはい。エレベーター乗るまでここで見といてやるから、早く入れ」
「はい。先生も気をつけて下さいね」
「そりゃこっちの台詞だよ」
私は先生に手を振り、アパートに入ろうと振り返った時、足がよろけてこけそうなった
あ、こけると思ったが、私がこける前に先生が体を支えてくれていた
「ったく、だから言わんこっちゃない」
「……すいません」
「ほら、大丈夫か?」
「大丈夫です」
体勢を整えて、先生を見上げると呆れた顔をしていた
でもとても優しい顔だった
「じゃ帰ります。おやすみなさい」
「おやすみ」
アパートに入りエレベーターを待ってる間、入り口を見ると、さっき言った通り先生はまだそこにいた
エレベーターが着き扉が開くと、私は先生にペコリと頭を下げた
先生が手をヒラヒラと振るのを見てエレベーターに乗り込む
部屋に着き、リビングのソファーに座る
景色を楽しむ為にソファーは窓の外が見えるように配置してもらっていた
「本当に綺麗な景色」
ひとしきり景色を堪能して、カーテンを閉めようとした時、ふと隣のマンションの最上階を見る
先生の部屋の明かりが見えた
ただそれだけなのに、先生に見守られているような気がして、安心している自分がいた
多分、休日はこの車を使っているんだろう
先生はスーツケースを積み込み、私を助手席に乗せた
自分も運転席に乗り込むと、車を出発させようともせず、私を見ていた
「どうしたんですか?」
「ん?髪型変わると、雰囲気全然違うなと思って」
「もう、先生ったら。何も出ませんよ」
「そりゃ残念。行くぞ」
走り出す車
駐車場を出て部長宅のマンションがどんどん遠くなる
私はなんだか不思議な気持ちでマンションを見ていた
「どうした?」
「部長の家に居たのは10日間ぐらいだったのに、色々あったなあと……」
「そうだな」
友達と仲直りし、新しい友達も出来た
そして、離婚して名前も変わった
あんなに辛くて苦しかった毎日が嘘みたいだ
「今の生活が夢みたいです」
そう言って笑うと、先生も笑った
車はアパートに着き、私が住む部屋に入る
私が細々としたものを片付けている間、先生は家具の配置を変えたり掃除をしてくれた
なんだか申し訳なかったが、暇だから気にするなと言って笑っていた
片付けがひと段落するとお昼になっていたので、近くのスーパーでお弁当を買うことにした
「このスーパー、品揃えいいですね」
「へえ、そうなんだ。今日の晩飯、一緒にどこか食べに行くか?どうせお互い1人だし」
「私は構いませんけど、先生はいいんですか?」
「別にいいけど?」
先生は、ん?と首を傾げてこっちを見る
「彼女さんとかいたら、申し訳ないなぁと」
「いたら今日あんたを迎えになんか行かずにデートしてるよ」
「それもそうですね」
「何か食べたいものあるか?」
「えっと……しいて言えば、美味しいお刺身が食べたいです」
「刺身?」
予想外の答えだったのか、先生はびっくりして私を見る
「私の父、漁師なんです。だから大学に入って、こっちで買ったお刺身食べてびっくりしました」
「そりゃ新鮮さが違うだろうな……あのさ……」
「はい?」
「九州のご両親、心配してたぞ」
「え?」
なんで先生が両親のことを?
今度はこっちがびっくりして先生を見ると苦笑していた
話は長くなるからと、買い物を済ませ、アパートに戻り、お弁当を食べながら先生が教えてくれた
先生は私から依頼を受けた後、両親にも連絡をとってくれていたそうだ
私に何か変わったことがなかったか聞きたかったようなのだが……
「結婚してから一度も帰ってないらしいな。それどころかあの馬鹿旦那、挨拶にも来てないらしいじゃないか」
呆れながら言う先生に、私は静かに頷いた
「あの人はとりあえず入籍することにこだわってました。今考えれば融資部に残るために必死だったんでしょう。入籍したあと、いつ両親に挨拶に行ってくれるのか聞いたんですけど……」
「行かないって言ったのか?」
「はい……『何故僕がそんな九州の田舎に行かなくちゃいけないんだ。それに、漁師が身内なんて僕は周りに知られたくないからね。君もむやみやたらに電話したり帰ろうとは思わないでくれ』と。結婚してから携帯と家の電話番号も変わったので、実家からは連絡のでしようがなかったと思います」
元夫のセリフに先生は呆れてため息をついた
私も今考えると何故そんな元夫に従ったのか分からない
「お母さんにあんたが離婚することを考えてると言ったら、すぐにそうさせてやって下さいって言われた。お父さんなんか、なんでもいいから1回帰って来いって伝えろって電話口で怒鳴られたよ」
思い出して笑う先生に、小さくすいませんと言った
「離婚成立したことは連絡してるから、ご両親に電話した方がいい。本当に心配してた」
「はい」
お弁当も食べ終わり、窓の向こうに広がる景色を見る
「海も見えるんですね」
「ああ」
「夜景を見るのが楽しみです」
「……ちょっと聞いていいか?」
「はい?」
「あんたの名前、つけたのはお父さんか?」
突然の質問にびっくりしたが、はいと頷いた
「私が産まれた日も父は漁に出ていたそうです。その日はとても海が青くて綺麗だったから『海青』と……父が漁師だと言ったからですか?」
「ああ……珍しい名前だから、何か意味があるんだろうなと思っただけさ」
そしてまた片付けを始めた
片付け終わる頃には夕方になっていたので、2人で夕飯を食べる為に出かけた
先生が連れて行ってくれたお店は居酒屋だった
「ここなら美味しい刺身が食べられるよ」
と言ってくれて嬉しくなった
こうして外食するのも結婚してから行かなかったので楽しかった
先生が頼んでくれたお刺身も美味しかったし、久しぶりにお酒も飲んだ
久しぶりのお酒はすぐに酔いがまわって先生に止められた
帰り道、私はご機嫌になっていて、先生は呆れながらも私と一緒に歩いていた
「楽しそうだな、高橋海青さん」
「はい、楽しいです。先生のおかげですよ?離婚できたのも、あんないい家に住めるのも、今日美味しいお刺身食べられたのも、美味しいお酒を飲めたのも、ぜ〜んぶ先生のおかげです。ありがとうございます」
へへっと笑う私に先生は吹き出した
そして、アパートまでたどり着くと、私は先生に頭を下げた
「先生、今日は何から何までありがとうございました。これからも、よろしくお願いしますね。大家さん」
「はいはい。エレベーター乗るまでここで見といてやるから、早く入れ」
「はい。先生も気をつけて下さいね」
「そりゃこっちの台詞だよ」
私は先生に手を振り、アパートに入ろうと振り返った時、足がよろけてこけそうなった
あ、こけると思ったが、私がこける前に先生が体を支えてくれていた
「ったく、だから言わんこっちゃない」
「……すいません」
「ほら、大丈夫か?」
「大丈夫です」
体勢を整えて、先生を見上げると呆れた顔をしていた
でもとても優しい顔だった
「じゃ帰ります。おやすみなさい」
「おやすみ」
アパートに入りエレベーターを待ってる間、入り口を見ると、さっき言った通り先生はまだそこにいた
エレベーターが着き扉が開くと、私は先生にペコリと頭を下げた
先生が手をヒラヒラと振るのを見てエレベーターに乗り込む
部屋に着き、リビングのソファーに座る
景色を楽しむ為にソファーは窓の外が見えるように配置してもらっていた
「本当に綺麗な景色」
ひとしきり景色を堪能して、カーテンを閉めようとした時、ふと隣のマンションの最上階を見る
先生の部屋の明かりが見えた
ただそれだけなのに、先生に見守られているような気がして、安心している自分がいた