お願い!嫌にならないで
「分かりました。それなら、俺がここで寝ますから。水野さんは寝室のベッド使ってください」
「え」
「それこそ俺は雑魚寝とか、慣れてますから。前の部署のときは同僚たちと残業で、しょっちゅう終電逃したりして。ほら、うちの会社の休養室って、横長のソファが1つあるだけでしょ? それで、よく俺は床で寝てたんです」
「だから、大丈夫」と笑うと、水野さんは如何にも困ったという様子の後、目を伏せた。
「そんな……自分の家でまで、窮屈な思いさせたくありません。ごめんなさい。変に拒否して」
「いや、そんなの俺は全然……」
「あの、本当は……」
言いかけて、水野さんは下を向いたまま、膝の上で拳を握り、スウェットを掴む。
そして、何かを口ごもった。
それを俺が聞き返すと、彼女が声をふり絞る。
「強がったりして、気を遣わせてしまって、すみませんでした。ほ、本当はですね…………」
同じところでまた、水野さんの台詞は止まってしまう。
黙ってしまった彼女を見て、それほどまで躊躇ってしまうのは毎度、何故なのだろうと思う。
俺相手に、そこまで気を遣う必要なんてないのに。
「そんなに謝らないで。別にそんなことでは、怒りませんから」
すると、うつ向いていた水野さんが俺を改めて見た。
しかし、顔を真っ赤にして、特に何かを言い出す気配も無いので、そのまま続ける。
「俺が怒るとしたら、辛くて困っているのに、全く頼ってくれないとき」
「え……」
「俺は結構、水野さんにそういう印象が強くて。水野さんにとって、差し障りのないことなら、もっと、何だって教えて欲しいんです。我慢しないでほしいんです」
水野さんは、黒目をキョロキョロと泳がせる。
「……今回は困ってるとか、そんなことでもないんですが……今から可笑しなこと、言いますからね」
「どんとこい、です!」
ぐっと俺は、力を込めて言う。
そんな俺のことをどう思ったのか、水野さんもつられて力が入って、肩が上がる。
「……本当は、辻さんにもっと触りたくて」
「ん……?」
「だっ、だから……その、もっと」
「ん……? ああ! 犬を愛でたい的な! 良いですよ! どうぞ、撫で回すなり何なりと!」
「ちっ、違います! は、ハグとか、したくなったりするんです……辻さんの広い背中とか見てると、仕事中でも」
「我慢しないでほしい」「どんとこい」そう言った手前、すっと受け止めなければならないのだが、いざ言われると意味が分かってから、変な汗が出る。
嬉しいことは確かなのだが。