あのとき離した手を、また繋いで。


そのあと保健室の先生を夏希が呼んで、一応念のためと母を呼んで病院に向かった。
頭を打ちつけていたら大変だということからだった。



「階段から落ちたって聞いたけど、大丈夫?」

「うん……」



道中、車内で言われた母の言葉たちはあまり耳に入らなかった。
先生や夏希には授業に間に合わないと焦った私は階段を踏み外したのだと説明した。


黒木さんのことは口にしなかった。
理由としてはやはり、夏希のことをこれ以上悩ませたくないという一心だった。


夏希の目の下のクマを見ると、とてもじゃないけど言えなかった。


最近夏希の疲労も溜まっているみたいだ。
夏休みも、休みなくフルで働いていたし、そのまま二学期に突入して、いまもずっと毎日アルバイト三昧。


たまの休みのデートも、盛り上げようと明るく笑っているけれど、きっと本当はゆっくり家で過ごしたいんじゃないかと思っている。


考えればずっと夏希は休みなし毎日を生きている。
しんどいはずなのに、笑っている。


車の窓に自分の額をくっつけた。降っている雨が激しく打ちつけてくる。


夏希の負担になんか、なりたくないんだよ……。



ーー『どうして泣かせちゃうんだろうな』



もう泣かない。夏希の前では絶対。
もう間違えないから……。


次の日、学校へ行くと水無瀬くんと清水さんが飛んできた。



「大丈夫!?」

「へへへ、大丈夫だよ。ただひねっただけだから」



手に巻かれた大げさな包帯を見ながら答えると、清水さんは「本当に心配したよ」と言ってくれた。


水無瀬くんは納得のいっていない顔で立っている。たぶん、私が怪我した本当の理由をふたりは知っている。


だけどはっきり口にはしない。したってどうにもならないし、しなくていい。別に。夏希に事実を知られては、本末転倒だし。



「心配かけてごめんね」



半年前よりも上手くなった作り笑い。それはたぶんマイナスなことじゃない。


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