あのとき離した手を、また繋いで。


人と関わらないでいた私には無縁のスキルだった。
でも、人と関わったからこそ手に入れられたスキルだ。



「おはよう」

「はよ、モナ」



席に座ると、先にいた夏希が私に笑いかけた。
私も微笑み返すように口角をあげた。
かばんの中身を、引き出しに移し替える。


今日の朝目覚めたとき、昨日突き落とされたときの一瞬の光景がフラッシュバックした。
突然誰かに背中を押されたときの恐怖。転がっていく自分。


心臓がバクバク動き出して、目覚めが悪かった。


か弱い女の子じゃ、ないと、思ってたんだけどな……。



「トイレ行ってくる」



立ち上がって、廊下にでる。
真っ直ぐ進んでトイレまで向かおうとしたとき、真正面の方向から黒木さんが歩いてくるのが見えて身体がこわばる。


彼女も、私に気づいて目を見開かせた。


そして踵を返して来た道を引き返していく彼女を、私は、考えるよりも先に追いかけた。


追いかけられていることに気づいた黒木さんが走りだして、私も駆け出した。


すれ違う生徒たちが何事かと振り返るなかを、颯爽と追いかける。



「ちょっと、待ってよ!逃げないでよ!」

「……っ……」



どうして逃げるの。悪いことした自覚があるからじゃないの。


その自覚があるなら逃げないで、文句があるなら嫌がらせじゃなくて、面と向かって言ってよ!


私も言いたいことあるから。



「待ってってば……!」



ようやく追いついて、黒木さんの手首を掴んだ。黒木さんが観念したように立ち止まる。


お互い肩で息をしていて、ふたりの息づかいがやけに大きい。



「どうして逃げるの……っ」


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