あのとき離した手を、また繋いで。
私の手が震えているのか、それとも黒木さんの手が震えているのか、わからない。
もう逃げる気がないことを確認してから手をゆっくり放した。
「……橘さんのせいじゃん」
「え?」
「橘さんがいけないんだよ!私から夏希をとるから!」
キッと睨まれる。そらさずに、その目線と自分の目線をぶつけ合う。黒木さんの大きな瞳から大粒の涙がこぼれ落ちる。
私のなかで抑えていた怒りが爆発する。
「そんな理由で人を階段から突き落としていいと思ってるの!?ふざけないで!」
軽い怪我で済んだからよかったけど、打ちどころが悪くて死んじゃったらどうするつもりだったの。
「私、病気なの、もう残りの時間も少ないの、だからお願い、夏希のそばにいさせてよ……っ」
「……っ……」
「お願い……っ」
私の腕を掴んで必死にすがる彼女に唇を噛む。
そして気づく。私の息はもう整ったというのに、彼女の息づかいはまだ荒ぶったままだということに。
それどころかどんどん呼吸を乱しているようにも見える。苦しそうに顔をしかめている。
黒木さん……?
「はぁはぁ……ねぇ……」
「黒木さん?大丈夫?」
「はぁはぁ……」
様子がおかしい。黒木さんの顔を覗き込みながら背中をさすって呼びかける。けれど彼女は辛そうに顔を歪め、心臓のあたりをぎゅっと掴んでいる。
「めぐる?……めぐる!」
後ろのほうで聞こえた声に振り向くと、そこには夏希と水無瀬くんがいた。
夏希は私の横を通り過ぎ、過呼吸のように不規則な息を繰り返す黒木さんに近寄った。
その一連の動作は、まるで、私が見えていないようだった。
「大丈夫か!?おい、めぐる!」
「夏希……大丈夫、だよ……」
「すぐ保健室に連れて行くからな」