溺甘スイートルーム~ホテル御曹司の独占愛~
大きくなるにつれ、その夢は決して叶わないのだとわかってきてしまい、苦しかった。

音大に行かなくてもピアニストにはなれる。
だけど、ピアノがなくては練習できない。

それどころか母までも失った私は、生きていくために働かなくてはならず、高校はなんとか卒業できたものの、すぐに就職した。


「今はピアノもありません。でも、毎日手は動かしてるんですよ? ほら、こうやって」


私は手を宙に浮かせたまま、指を動かした。


「私、物わかりが悪いんです。ピアニストになるのはあきらめざるを得ませんでしたけど、ピアノを弾くことはまだあきらめてません」


ピアノを弾いていた手は、バスルームをピカピカに磨く手に変わった。
けれども、いつかまた私だけが奏でられるメロディを弾きたい。


私がしばらく指を動かしていると、彼が不意にその手を握る。


「弱音を吐いて悪かった」

「いえ。私でよければいくらでも聞きます。ひとりで抱えるのって、大変ですから。だから八坂さま、どうかあきらめないでください」
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