私の上司はご近所さん

マンションのエントランスホールを抜けると、エレベーターに乗り込む。ふたりきりになると、腰を屈めた部長に顔を覗き込まれた。

「きちんと話せばよかったな。混乱させてすまない」

部長は申し訳なさそうに眉を寄せると、私の頬に伝う涙を指先で優しく拭ってくれた。

部長を呼び止めた理由も、涙を流した理由も、詳しく説明していない。それなのに部長はすでに私の思いを察してくれている。

「私の方こそ、わがまま言ってごめんなさい」

やはり部長は大人で頼りがいがある。それなのに私は泣いて部長を困らせてしまった。

子供っぽい自分の言動に落ち込んでしまう。

「いや、あんなのわがままでもなんでもない。むしろ、まだ一緒にいたいと言われてうれしかったよ」

「あっ……」

瞼の上に、部長の唇が軽く触れた。部長の甘いくちづけを受け、沈んでいた気持ちが一気に上がる。

私って単純……。

自分で自分にあきれていると、エレベーターがポンと音を立てて停まった。部長と一緒に足を進めて部屋に向かう。

「どうぞ」

「はい。お邪魔します」

鍵を開けてドアを押さえてくれる部長に挨拶すると、玄関に足を踏み入れた。

昨日は沙也加さんがいたけれど、今日は部長とふたりきりだ。

まだ一緒にいたいと言ったのは自分なのに、今になって心臓がドキドキと音を立て始める。緊張しつつ履いていた白いウエッジソールのサンダルを脱ぐと、部屋に上がった。

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