アナタに逢いました
「湖と居ると幸せだな」

そんな風に彼はいつも言っていた

「なんで?」

「だってさ、お前はあまり望まないから
一緒にいて心地いいんだよ…相性もイイ…し?」

テーブルの上の手を彼が撫でるように触れれば
それは欲しがられている合図で

私はバカみたいに簡単に頷いていた

「…うん…」

だって、好きだったから…

一重ですっきりした目に高い鼻筋、小さめの唇で
綺麗な顎の線を持つ、会社の上司で頼れる彼に恋したのは入社してすぐだった

誉められたくて仕事も頑張って、名前が覚えられない以外は必死だった

部署が変わってから…もう会えないかと思っていたら
彼から声を掛けられた

「希林、飲みにいかないか?」

そう誘われてから何度か食事に行って
話をするうちに彼からの誘いが食事のあとも…になった
そしてついに

「希林…いや、湖…二人きりになれるところに行こうか
湖が欲しい」

その言葉に嬉しくなって、身体を許した

そんな関係を続けて2年、会うのは会社帰りばかりで休みの日は中々会えなかったけれどとくに不満もなく過ごしていた

ところが…

「ちょっと、希林」

ある日の就業時間後に隣の部署の先輩方に
取り囲まれた

「…は、あの…?」

1人、少しだけ化粧が濃い目の美人が私に睨んで
私の前に立った

「あんたさ、何ヒトの旦那にちょっかい出してんのよ」

「だ、んな?」

「私の旦那よ!…火遊びくらいはって付き合ってるときは思ったけど、不倫なんて許されないからね…もう近づかないでよね
ちなみに弁護士から慰謝料の請求行くと思うからそのつもりで」

「…?」

意味が分からなくて立ち尽くしていると…

「あんた何呆けてんのよ」

「だって…不倫?私が?訴えられる?」

意味がわからなかった
私は不倫なんてしていない

すると先輩たちの顔が曇る

「あんた、不倫の意味知らないの?」

「意味は知ってます…だけど…」

また先ほどの美人が目をつり上げた

「私が随分前に彼と同じ苗字になったんだし気付くでしょ?あんたは遊ばれたのアイツに!私は妻よ!」

「…名前…覚えてませんから…」

「はぁ?そんな言い訳通用するわけないでしょ?」

…どうやら彼は私ではなくこの目の前のヒトの旦那さんになっていたらしく


私はアイジンというヤツだったらしい…

名前がわからないと言うのはただの言い訳…
そう片付けられた私は弁護士を通して200万の慰謝料を請求された



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