主さまの気まぐれ-百鬼夜行の王-③ 
‟渡り”とは古来より敵対関係ではないが、一触即発状態の間柄ではある。

妖が他の大陸へはほとんど行かないのに対して‟渡り”はあちこちを放浪する習性があるようで、この国にも時々やって来てはいたが、ほとんど素通りで危害を加えることはなかった。


だが花を追ってきた‟渡り”はこの国の妖で最も強く権力のある下弦のお膝元で騒動を起こしたのだ。

それが‟渡り”同士の騒動だとしても――もう関わってしまった。


「花…君を追っている者は誰?」


『…男よ。昔から私を追って来ているの』


「…男…」


『最初は優しかったの。だけどそれは…私に言霊を使わせたいから。途中でそれに気付いて私…ずっと逃げ続けているの」


――男。

胸がぴりっとして目を伏せた下弦は、もうすっかり傷も癒えて元気に見える花を今もなお部屋に閉じ込め続けていた。

もうあれからひと月は経つ。

下弦が使える最も強力な結界を張っているため、おいそれと気付かれる代物ではない。


「君は…その男が好きだったってこと?」


『…どうしてそんなことを訊くの…?』


「知りたいから。君はその‟渡り”の男からこれからもずっと逃げ続けるつもり?それは…つらいよね?苦しいよね?」


俯いていた花は顔を上げて下弦をひたと見据えた。

吸い込まれそうな目の色に下弦が見惚れていると、花は――小さな声で呟いた。


『あなたは……違うわよね?私を利用なんて…しないわよね…?』


「!違うよ、僕は利用なんてしない。ただ…ただ君を守りたいんだ。守らせてほしい。その‟渡り”の男を必ず殺すから…所在を教えてほしい」


――花は首を振った。

自分を追って来ている男は‟渡り”の中でも強い部類の男。

そしてかつては…想い慕った男。


『駄目よ…駄目…あなたが死んでしまう…』


「僕は大丈夫だから。これでも意外と強いんだよ」


『…』


花は答えなかった。

沈黙を守ることで、答えとした。
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