主さまの気まぐれ-百鬼夜行の王-③ 
花と心を通わせたいと思うと、実際の声を聞きたくなるのは当然のこと。

脳内に直接響く声色も可愛らしいが、本当に‟言霊使い”が存在するのか――下弦は半信半疑だった。

だがこうして逃げ続ける宿命を背負った花をなんとかして守ってやりたい…その思いだけは本物だった。


「君が喋るとどうなるの?」


『…あの男は私がどこに居ても私の声を聞くことができる力があるの。だから私が喋ってしまうとすぐここにやって来てしまうわ』


「‟渡り”は様々な能力があるんだね…。そうか…僕は君の声、聞いてみたいけど」


もう床から起き上がれるようになった花は、相変わらず部屋に閉じ込められて外を見ることもできなかった。

守ってくれるのはありがたいが、もう傷は癒えたし何かの拍子にあの男に居所を知られてしまうと――下弦の身が危ない。


こんなに親切にされて、密かに好意も持ってしまって――

妖と‟渡り”は全く別物の生き物なのだから、心を寄せてはいけない。


『下弦』


「ん?」


『私、ここを出るわ。今まで親切にしてくれてありがとう』


すっと立ち上がった花は、庭に通じる障子を指して下弦に願いを請うた。


『だからここから出して』


「駄目だ、君を危険な目には…」


『もう十分あなたにはお世話になったの。私は今までもずっとひとりでやって来れたんだから、こうして親切にされるのは…逆に迷惑なのよ』


下弦が俯いた唇を噛み締めた。

傷つけた、と思ったが、自分はともかく下弦を傷つけられることだけは、どうしても嫌だった。


――息吹はふたりの間に流れる緊張感にはらはらしながら部屋の隅で固唾を呑んでいた。


自分自身も結ばれぬ想いを経験したのだから、ふたりには幸せになってほしいと願って拳を握り締めていた。
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