主さまの気まぐれ-百鬼夜行の王-③ 
『少しでいい。その身体を貸してほしい』


「私の…ですか?」


『お前の心の準備ができたらでいいから』


優しげな声だった。

誰かに身体を貸したことなどないが、きっとあの悲しみに満ちている女が待っている男だろう。

相手の顔は分からなかったが、輝夜はほとんど悩むことなく首を縦に振った。


「分かりました。心の準備ができたら私の方からあなたに話しかけます」


『ありがとう』


――輝夜が目を開けると顔を覗き込んでいた主さまは心底ほっとした顔をして頬を撫でた。

昨晩ずっと熱に浮かされていてこの子の命は消えてしまうのではないかと言い知れぬ恐怖感に苛まれながら過ごしていた主さまは、隣で少しの仮眠をとっていた朔が目を擦りながら起きてきたのを見て優しく髪を撫でた。


「起きたぞ」


「!輝夜!」


物心つかない前から弟の手を握って離さないことの多い朔も同じように心底ほっとして涙を浮かべながらまだぼうっとしている輝夜の手をまた強く握った。


「…輝夜…お前はどうしてあそこに?」


「私は…あの人の声が聞こえて…あの人と男の人の声が」


突然神隠しのように居なくなることがある輝夜の前兆は、そういった声が聞こえる時だ。

そしてそれを解消するまでその声は鳴りやまず、ずっと胸の内にわだかまってしまうという。


「父様…もう俺たちは関わってしまいました。だからお手伝いさせて下さい」


まだ安全かどうかも分からないものに彼らを関わらせたくなかった主さまは、大きく息をついて逡巡する。

それを傍で見ていた雪男は、彼らの信念がもう決して変わらないことを知っていた。


「主さま諦めた方がいいぜ。そいつら頑固だからもう変わんねえよ」


「…そうだな。誰に似たんだろうな」


きっと、両方に。
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