御曹司と婚前同居、はじめます
「ご飯、さすがにいらないわよね?」

「すまない。明日にでも食べ」

「無理しなくていいわ」


まだ喋っているところを遮って、ダイニングテーブルに並べてあった皿を片付けていく。

申し訳なさそうにするくらいなら最初からもう少し気を回して欲しかった。

一つの皿を手に取った瑛真に、


「包帯を巻かなくちゃいけないでしょ? 手伝わなくていいからシャワーを浴びてきて」


冷たく言い放った。

すごすごと廊下へ向かう瑛真の身体から、ふわりと香水の匂いがした。

瑛真のものじゃない。

確かじゃないけれど、これはまやかさんのものだと思う。

普段香水の匂いを嗅ぐ機会なんてそうないから記憶に残りやすいのだ。

……匂いが移るほど密着していたってこと?

皿を持つ手が震えた。

指を切りながらもなんとか用意をした夕食を、生ごみ処理機の中へ落としていく。

勿体ない。

でも、自分で食べる気にはなれなかった。それにただでさえここ最近は食欲が落ちている。

――だから嫌だったのに。心を許した後に裏切られて傷付きたくなんてない。そう思っていたから慎重になっていたのに。

目の縁に涙がじわりと滲む。

手の甲で強くこすると、頬に何かの液体が付着した。

匂いからするに料理から出た汁だと思う。皿に付いていたのを、気付かぬうちに手で触ってしまったのだろう。

どこにもぶつけられない苛立ちが、無性に虚しさを煽った。
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