御曹司と婚前同居、はじめます
福祉大学を卒業したタイミングでお父さんたちは新しい家を建てた。一緒に暮らそうと言われたけれど、私は一人で暮らすことを選んだ。

お嬢様に戻ることが嫌だという、たったそれだけの理由で。

私は堂園の一人娘という自覚すらもなかったことに今初めて気付かされた。

一気に沢山の事実が押し寄せて頭も心も混乱している。


「どうぞ」


しばらく放心状態でいた私の前に、柏原さんがカフェオレボウルを丁寧な動作で置いた。

湯気と香りが痛んだ胸を優しく撫でてくれる。


「美和様は半袖でいらっしゃいますので、少し肌寒いかと思いホットにしました」


まだ残暑が続く九月だ。動き回ることが多い仕事なので、これくらいの時期は半袖で過ごすことが多い。

だけどスーツ姿で過ごすことの多い家主に合わせてか、この部屋はだいぶ冷やされている。

柏原さんの気遣いと穏やかな声音もあいまって、無意識に強張っていた身体から力が抜けていく。


「ありがとうございます」


両手でボウルを持って口へと運ぶ。

――ああ、美味しい。

目を閉じて、ふう、と吐息を洩らした。
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