さまよう爪
――ありがとう、いってきます。

笑ったままで頷いて見おくって、彼が出ていった後もその声が頭の中で声が響く。

ありがとう、いってきます。ありがとういってきます。

うるさいうるさい。

わたしはその声をかき消したくて、耳を塞ぎたくて顔を枕に押し当てた。

そして顔をあげたのが今だ。

ベッドから降りて、テーブルの上のストラップを手に取ろうとして、肩にいつまでもあるタオルケットが邪魔なのに気づいた。

払いのけようと思ったけれど、その前にその匂いを嗅いだ。

嗅ぎなれた、直人の匂いがほんの少し。

この匂いも、じきに消えるんだろうな。

目の奥が、つんと熱くなってきたのを感じて、タオルケットを離した。

やめた。こんなの映画の見すぎだ。

起きよう。

脱いだ下着を型崩れ防止に洗濯ネットに入れ、濯機に投げ入れて、浴室に入ってシャワーを浴びた。

お湯が流れ落ちる自分の体を確認して、最近のわたしは少し油断していたかもしれない、とお腹まわりを見て思った。

何だかぬるい。手が冷たい。

わたしはシャワーの温度を少し上げた。
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