さまよう爪
これで最後。

結婚式用のネイルが剥がされ、あの赤が塗られていく。

この爪で明日1日を過ごすと思うと、ひどくドキドキする。

こんな感情も、久しぶりのことだった。

わたしがいつも浅川さんにしてもらうのは、流行のジェルネイルではなく、昔ながらのマニキュアだ。ジェルネイルと違って、落としたいと思うときに自分で除光液ですぐ落とせるのが良い点だった。

これで最後。

爪先の真紅が、愛おしい。

そして、悲しくもある。

爪を塗られている時間だけ、わたしの心はあの日に戻ることができるていた。

「このネイルにぴったりのラメがあるんですけど、使いますか?」

そう言って浅川さんが、銀色のラメを出してくる。爪の先にあしらうと、まるで星くずを指先にまとっているかのようだった。




パンプスを脱いだ脚に温湿布を貼ったあと、洗面所でまず化粧を落とした。メイク上手。いつぞや愛流はおだてたけれど、逆に言えばスッピンは貧相。

子供の頃は自分が童顔だと信じていたが、年をとるごとにだんだん素顔はどこにでもいるような普通の顔になってきている気がする。

コンプレックスだらけの素顔と、ものすごく不安定な中身も隠すための化粧。

綺麗だね。可愛いね。と褒められても気持ちがわずかに翳るのは、そこからきているのかもしれない。自分なんか綺麗でもなんでもなく、たいした人間でもないのだから。

10歳の頃の顔の面影がもうないので、もしあの人がわたしを見ても、あのときの子だとは絶対にわからないだろう、と思う。

だからこそ、いつも塗っている爪が、おまじないのように、判別ポイントかと思っていたのだけれど、よく考えれば爪を塗っている女性なんて、大人になれば、掃いて捨てるほどいるのだ。

よって、結論。

わたしたちは、もうお互いを、見つけられない。だからこそ、もうこの恋を、終わらせる。

そう心の中で決めると、わたしは洗面台の定位置にある除光液のボトルに手を伸ばした。

――その瞬間、スマホの着信音が鳴った。
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