さまよう爪
「……もしもし」

『もしもしお母さんだけど』

「言わなくてもわかるよ。画面にでるから」

あろうことか、母親だった。

そっか。そうだよね。と言った母親からの電話は、1年振りくらいだ。

スナックや立ち飲み屋の店員の仕事を転々としたあと、地元の不動産屋の店主と再婚した母親は、鎌倉で静かに暮らしている。

わたしとは絶縁まではいかないが、社会人になって逃げるように母のもとを去り、一人暮らしを始めてからは、お互い干渉しないようになっていた。

それが、何故、今日に限って電話をかけてくるのか。

『すみれぇ』

その声音だけで、母がひどく酔っているのがわかった。肝臓を壊してからは、あまり飲まないようにしているはずだったのに、どうして今日は飲んでいるのだろう。

彼氏とは上手くいってる? なんて聞いてくるし。

何となく嫌な気分になって、つっけんどんに答える。

「なに? 何か用?」

『大事な人が死んだの』

その言葉の不吉な感じに、背中が粟立つ。大事な人っていうのは、まさか。

動揺を押し隠して、わざと冷たく聞く。

「それって、お母さんの何番目の男のこと?」

『あんたの、父親』
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