さまよう爪
スマホに表示されてる時刻を見てみれば、ギリギリ終電に間に合うかどうか。

「急ごう走れる?」

「無理、吐く」

「じゃあ小走りで」

ためらいなく触れてくる。手を握られて、とにかく引っ張られて。足早に歩き出す

「ちょっ……ちょっと」

握られた手の温度、その大きさ、目の前を歩くいつもと違う背中。

この手に触れられるのははじめてではないけれど、緊張する。手汗かく。

「ちょっと手、つなぐ意味ってある?」

その背中に声をかける。

「急いでるからだよ」

それにしたって……

「わたしヒールなんだけど!」

いつもより広い背中に批難の声をぶつける。

ヒールのかかとへる。ふくらはぎつりそう。

辛い。

「もうちょっとだから頑張れ」

でもちょっと、ほんのちょっと、楽しいな、と思う。

わたしはマゾじゃない。

お人好し男とヒール女が夜の街を疾走。

それはかなりおかしいと思う。
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