さまよう爪
わたしはそう言われたと同時くらいに店員のネームプレートを見た。

薬剤師 瀬古

そこではじめて彼の顔を見て、とたんに心臓がうるさくなる。

「……薬剤師さんだったんですか」

「やっとこっち見た。そうですよ」

平然と、受け答えは淡々と。

瀬古瑛士がそこにいた。

びっくりより衝撃に近い。まさか比較的頻繁に行くドラックストアに彼が居たのだから。

彼はわたしを知っていた。顔を何回も見られていたのだろう。

調剤室にいる彼が一般レジをやることはそうそうなかったかもしれないが、今のような状況になったのはこれがはじめてとは限らないのだ。

わたしは全然気づくことなく。

いつから? ずっと? わたし目立ってた? かなり来てるし。何買ったかも知られてる。仕事帰りの老けた顔も……

あ、けっこう、かなり、恥ずかしいやつだ。

数十秒のやり取りの中でわたしは考えを巡らせる。

「お先に7000円お返しします。残り、80円お返しします」

お釣りを受け取ると彼は言った。

目の前のわたしだけが聞き取れる小声で。

金曜日、あのクラブで待ってる。
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