その男、極上につき、厳重警戒せよ

結局話を聞いても、父という存在をリアルに感じることはできない。ただ、月を眺めて泣いた母が、父を愛し続けていたんだろうなというのはなんとなく理解できた。


「私は彼女に会いに行って、遺産の話をした。だが、彼女は受け取りを拒否してね。それで一旦、遺産は親族である私のもとに振り込まれたんだ。私は……とても受け取る気にはなれなくて。当時はまだ生きていた彼女の父親に彼女の口座を聞いて、毎月少しずつ振り込むことにしたんだ。彼女は……今度は素直に受け取ったよ。時折手紙もくれた。君の写真を添えてね。攻によく似ている君を見て、私と彼女は共に慰められていた。直接言葉を交わすことはもうなかったけれど、私と彼女は、大切な人を失った悲しみを共有していた。だから、彼女が初めて僕に頼ってきたとき、僕は一も二もなくそれを受けた。“あの子を雇ってあげてくれないかしら。私、あの子がかわいくて、大事なことを教えそこねてしまったの。私がいついなくなっても困らないように、あの子がひとり立ちできるようにどうかお願いします”とね。……まさか本当に、こんなに早く死んでしまうとは思わなかったが」

「やっぱり就職は……母が頼んだんですか?」

「もっと厳しく、生きるための力をつけさせてやらなきゃいけなかったのに、出来なかったと言っていたよ。ただ、君に笑っていてほしくて甘やかしてしまったんだと。いつまでも守ってやれるわけじゃないのに、と後悔しているようだった」


私の瞳から、堪えきれなくなった涙がこぼれた。

お母さんにそんな激動の過去があったなんて知らなかった。

どうしてお母さんは私に何も教えてくれなかったんだろう、と思ったけれど、もしかしたら、言えなかったのかもしれない。

泣いてしまいそうで。
私には泣き顔なんて見せない人だった。だけどきっと父を思い出すと、母は自然に泣けてしまうのだろう。だから、頑なに父の話を避けてきたのかもしれない。
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