強引専務の身代わりフィアンセ
 とにかくもう彼に抱きかかえられるのは御免だ。けれど一歩踏み出そうとしたところで、足の裏にごつごつと石が当たり、痛みについ眉をしかめる。

「そんな強がらなくてもいいだろ」

「強がってません。ただこれ以上、専務に」

 言い返そうとしたところで専務の腕が私の腰に伸びてきた。あ、と思う間もなく、再び彼に軽々と持ち上げられる。さっきよりも、強引で遠慮がない。抱っこというよりも担がれてしまう。

「ちょっと!」

 自分の立場も忘れてつい非難めいた声をあげた。けれど専務はものともしない。

「婚約者なんだし、素直に甘やかされとけばいいだろ」

 代わりのです!というのは口に出せなかった。専務の声がいつも聞く事務的なものではなく、あまりにも楽しそうだったから。

 もう、なんなのか。あんな場違いなお店に連れて行かれて、高級ブランドの服を惜しげもなく与えられて、昼食も一流レストランで。

 あまりにも自分とは違う世界の人だと、実感させられたのに。この仕事がなかったらきっと近づくことも関わることもなかった。

 それなのに、今はこうしてふたりで子どもみたいに河原ではしゃいで。まるで本物の恋人同士みたい。

 でも、自分の立場を忘れるわけにはいかない。これは依頼を受けている間、より本物の婚約者でいるためにだ。全部仕事のうち。……専務にとってもだ。

 だから大丈夫、きっとうまくやれる。彼の婚約者を、美弥さんの代わりを演じきってみせる。言い聞かせるように、私は心の中で固く誓った。
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