伯爵令嬢シュティーナの華麗なる輿入れ
結婚に憧れはあった。
立場も理解していたから、縁談が来たときは、サネム王子はどんな方なのかとシュティーナも心躍った時期もあった。しかし、手続きを進めながら待てど暮らせど話は前に進まず、あげく届いた知らせが、サネム王子が行方不明だから結婚内定のまま自宅待機。相手は王族だから破棄もできない。テンションも下がるし、信用も無くなる。
「わたしにだって心があるのよ。お人形じゃない。自由に、したい……」
イエーオリに対してこんな風に八つ当たりをしても仕方のないことだと分かっている。シュティーナは唇を噛んだ。
「シュティーナ様……そんな悲しそうな顔をなさらないでください。せっかくの美しさが台無しですし、イエーオリは辛くて息の根が止まりそうです」
シュティーナは、目尻に浮かんだ涙を指で拭い、イエーオリを振り返った。
「じゃあ、イエーオリが死んだら困るから、行きましょう」
「ほ? どちらへ」
イエーオリが胸を痛めた悲痛な表情はどこへやら、シュティーナは笑顔でイエーオリの背中にまわり、背中を押しながら部屋を出た。
「スーザント。つき合って」
「は?」
「早速、準備しましょう」
シュティーナはドレスの裾をつまみ、イエーオリの背中を押した。
「いや、お嬢様、ですから」
「脱走じゃなくてイエーオリが付いてきてくれればいいじゃない」
階段に差し掛かったとき、リンが下を通った。
「シュティーナ様、イエーオリ様」
「リン殿! お嬢様が」
「リン。わたしはイエーオリと出かけます。夕食の時間までには戻ります。あと、このことはお父様たちには内緒だからね」
シュティーナはそう捲し立て、リンが止める間もなくイエーオリを引っ張って外に出てしまった。ちょうど馬車の手入れをしていた御者も巻き込まれているのが見えた。
「えっ、あっ、シュティーナ様!」
御者は、シュティーナに急かされ、持っていた水桶などをひっくり返し、それを片付けることも許されず、慌てて御者席に乗り込んだ。
手綱が乾いた音を立てて馬へ出発の合図を送る。
「待って! 止まれー!」
馬は機嫌も調子も良かったらしく、合図ひとつでとても軽快に出発してしまった。
どこへ行くとも告げず、勝手に行ってしまう。今回の脱走はイエーオリが捕まってしまったのか。リンは彼に同情した。
「しかし、イエーオリ様は本当に甘い……!」
リンは、そう言いながらエプロンを噛んだ。
そんなリンに申し訳ないと思いながら小さくなっていく姿を馬車の中から見るシュティーナだった。
「シュティーナ様。帰ったらリン殿にしかられてしまいますね」
「イエーオリがね」
「わたくしでございますか……」
眼鏡を指でおさえながらイエーオリが溜息をついた。
リンのほうがイエーオリよりずっと年下で、親子ほども離れているのに、なぜかリンのほうが強い。そんなふたりをシュティーナは信頼していて、大好きなのだ。
「スーザント広場の近くで降りるの。きっとすごい人だと思うし、邪魔になるといけないし」
「どうしてこんな無理をなさるのです。なにかあったら……」
「なにかあったら、いつか、そんなこと言っていたら前に進めない」
「ですが」
「いつか王子と結婚するための自宅待機だけれど、そのいつかって、いつなの? この結婚がダメになったって、王家はどうせまたまた違う貴族の娘を探すのでしょう」
イエーオリは黙っていた。シュティーナが言うような可能性もゼロではないからだ。
結婚が内定しているものの、手続きもなにひとつ進んでいない。心を通わす機会が無かったのだから。シュティーナは歳を取る。王子が戻るとは限らない。
シュティーナはどうなるのだろうか。
立場も理解していたから、縁談が来たときは、サネム王子はどんな方なのかとシュティーナも心躍った時期もあった。しかし、手続きを進めながら待てど暮らせど話は前に進まず、あげく届いた知らせが、サネム王子が行方不明だから結婚内定のまま自宅待機。相手は王族だから破棄もできない。テンションも下がるし、信用も無くなる。
「わたしにだって心があるのよ。お人形じゃない。自由に、したい……」
イエーオリに対してこんな風に八つ当たりをしても仕方のないことだと分かっている。シュティーナは唇を噛んだ。
「シュティーナ様……そんな悲しそうな顔をなさらないでください。せっかくの美しさが台無しですし、イエーオリは辛くて息の根が止まりそうです」
シュティーナは、目尻に浮かんだ涙を指で拭い、イエーオリを振り返った。
「じゃあ、イエーオリが死んだら困るから、行きましょう」
「ほ? どちらへ」
イエーオリが胸を痛めた悲痛な表情はどこへやら、シュティーナは笑顔でイエーオリの背中にまわり、背中を押しながら部屋を出た。
「スーザント。つき合って」
「は?」
「早速、準備しましょう」
シュティーナはドレスの裾をつまみ、イエーオリの背中を押した。
「いや、お嬢様、ですから」
「脱走じゃなくてイエーオリが付いてきてくれればいいじゃない」
階段に差し掛かったとき、リンが下を通った。
「シュティーナ様、イエーオリ様」
「リン殿! お嬢様が」
「リン。わたしはイエーオリと出かけます。夕食の時間までには戻ります。あと、このことはお父様たちには内緒だからね」
シュティーナはそう捲し立て、リンが止める間もなくイエーオリを引っ張って外に出てしまった。ちょうど馬車の手入れをしていた御者も巻き込まれているのが見えた。
「えっ、あっ、シュティーナ様!」
御者は、シュティーナに急かされ、持っていた水桶などをひっくり返し、それを片付けることも許されず、慌てて御者席に乗り込んだ。
手綱が乾いた音を立てて馬へ出発の合図を送る。
「待って! 止まれー!」
馬は機嫌も調子も良かったらしく、合図ひとつでとても軽快に出発してしまった。
どこへ行くとも告げず、勝手に行ってしまう。今回の脱走はイエーオリが捕まってしまったのか。リンは彼に同情した。
「しかし、イエーオリ様は本当に甘い……!」
リンは、そう言いながらエプロンを噛んだ。
そんなリンに申し訳ないと思いながら小さくなっていく姿を馬車の中から見るシュティーナだった。
「シュティーナ様。帰ったらリン殿にしかられてしまいますね」
「イエーオリがね」
「わたくしでございますか……」
眼鏡を指でおさえながらイエーオリが溜息をついた。
リンのほうがイエーオリよりずっと年下で、親子ほども離れているのに、なぜかリンのほうが強い。そんなふたりをシュティーナは信頼していて、大好きなのだ。
「スーザント広場の近くで降りるの。きっとすごい人だと思うし、邪魔になるといけないし」
「どうしてこんな無理をなさるのです。なにかあったら……」
「なにかあったら、いつか、そんなこと言っていたら前に進めない」
「ですが」
「いつか王子と結婚するための自宅待機だけれど、そのいつかって、いつなの? この結婚がダメになったって、王家はどうせまたまた違う貴族の娘を探すのでしょう」
イエーオリは黙っていた。シュティーナが言うような可能性もゼロではないからだ。
結婚が内定しているものの、手続きもなにひとつ進んでいない。心を通わす機会が無かったのだから。シュティーナは歳を取る。王子が戻るとは限らない。
シュティーナはどうなるのだろうか。