伯爵令嬢シュティーナの華麗なる輿入れ
「もう、ひとりの体じゃないのだぞ」

 スヴォルベリ伯爵がまたため息をつきながら言う。シュティーナはおずおずと顔をあげる。

「お父様、それはどういう……」

 よほど気が重いことでもあるのか、いつもの父と違うとシュティーナは思った。

「正式に、お前の結婚が決まった」

 幾度も聞いている結婚という言葉は新鮮味がない。ただ、正式にという点を除いては。

(来るべき時が、来たのね)

 もとよりそういう運命であることは分かっているつもりだった。

「内定が正式に、ということですか。待機状態が解かれるのでしょうか」

 そう聞かれると、父は再度深い溜息をついた。どうしたというのだろう。シュティーナは嫌な予感がした。

「状況が変わったのだ。最初の結婚は、破棄だ」

「は、破棄ですって? なのに、正式に、とは……いったいどういうことですか?」

「まぁ、待て。慌てるな」

 結婚をしていないのに離縁されたような気持ちになるのはどうしてだろうか。約2年の待機期間が重くのしかかる。こんなに待ったのに、話が進むどころか破棄だなんて。シュティーナは泣きたくなった。ぐっと堪え、父の言葉を待つ。

「シュティーナ、お前が嫁ぐのは、兄のイングヴァル王子のほうだ」

「……え?」

 まさかの人物の名前を出され、シュティーナはまるで冷水を浴びせられたような感覚に陥った。
 数時間前にサムに温められた唇は冷えて震えた。

「近いうちにお前を王都ドルゲンへ連れて行く。そこで顔合わせをし手続きを始める。シュティーナ、そのつもりでいなさい」

 分かっていたはずなのに、考えたくない。シュティーナは目を閉じた。少しでも震える心を守りたかった。

「ち、近いうちって、いつ……?」

「10日後だ」

(なんて……ことなのだろう)

 自分の息が、浅くなるのを感じる。父の話を、後半はよく覚えていない。シュティーナは、気が遠くなるような重い空気の中、ふらふらと部屋へ戻ったのだった。

 その晩は夕食が喉を通らず、夕食の席を外しすぐに部屋へ行った。夜はというと、シュティーナは一睡もできなかった。重い頭を抱え、なにを思っていいのか分からない。

(サムに、会いたい)

 シュティーナが思うのは、それだけだった。

 花瓶に生けてある花を見ても、お気に入りの髪飾りを見ても、気分は上がらなかった。外はよく晴れて、青葉の祭りもきっと盛り上がっているに違いなかった。見上げた空は、サムの瞳を思い出してしまう。じんわりと目に涙が浮かんで仕方がないから、きゅっと目を閉じる。



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