淫雨
デザートが来て、アップルパイをハムスターのようにほおばる三崎さん。


兄弟がたくさんで末っ子だったから食事のときにオカズを取られることが多く、死守するためについてしまった癖らしい。


「リンゴは医者要らずだっけ? あれ、トマトだっけ? ねぇ? 雨里さん」

「知らない」


知らない。


だって姉は、虹花は、そのリンゴが好物でも病気になって医者にお世話になって死んでしまった。


胃ガンだった。


若かったから進行が速かった。


検査で発覚したときにはもう。


胃のムカつきをオメデタだと思ってウキウキして行った彼女にそんな仕打ち酷いだろう。


あんなに食べることが大好きで、人にも食べる楽しみを教えてしまう彼女は抗がん剤治療で食べることが出来なくなり、最期は棒のように痩せ、死んだ。


「知らないって、雨里ちゃんのいけずー」

「死語だよそれ」

「虹花が好きで集めてる漫画によく載ってんだ」

「ああ、クレヨンしんちゃん」

「そうそう。
 虹花もしょっちゅう使ってるよ」


彼は今でも虹花の話をするとき「だった」と過去形を使わない。


三崎さんは今でも姉を愛し、恋をしている。


わたしじゃダメなのだ。


欲しいと渇望するような恋では、お互いなくて。寂しい、悲しいと暴れる感情を抑えつけながら、相手の幸せを願う恋をわたしたちはしていた。


幸も不幸も手の届かない先へ逝ってしまった彼の想い人を、やがて晴れ渡る空に浮かぶ虹と重ねて、わたしたちは言い様のない時間を過ごす。
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