aventure
その夜、鴻は桜智に呼ばれた。

桜智から逢いたいと言うのは珍しかった。

「桜智…」

マンションの部屋に入ると桜智の姿は無く
鴻は桜智を探した。

桜智はキッチンの床に座って泣いていた。

作りかけのシチューが沸騰して焦げくさかった。

鴻は慌ててその火を消した。

「桜智…どうしたんだ?」

泣いてる桜智を抱き上げて鴻はベッドに座らせた。

「何があった?」

桜智は鴻に別れを言わなくてはいけないと考えていた。

このシチューが鴻と食べる最後の料理だと思ったら
泣き崩れてそれ以上作れなくなった。

それほど鴻と別れたくなかったが
いつか離れなくてはならない運命だ。

早ければ早いほど傷は浅くて済む。

「桜智…泣いてたらわからないよ。

ちゃんと話して。」

鴻の優しい言葉がなおさら桜智に涙を流させる。

鴻は桜智が泣き止むまで桜智を抱きしめて待った。

「鴻さん…私、家に帰ります。

ママと暮らしてこの生活から卒業します。」

「だけどもう桜智の居場所は無いんだろう?」

「居場所なんかなくても…何とかします。

もうこれ以上、鴻さんのお世話になれません。」

鴻は少し驚いたが、冷静に考える。

「もしかして波瑠が原因?」

桜智はビックリしたように顔を上げた。

「波瑠が関係してるんだね?」

桜智は何も言えずただ泣いていた。

「桜智は波瑠が好きなのか?」

「先輩は鴻さんに似てるから。」

鴻はハンマーで頭を殴られた気分だった。

「桜智…波瑠は…波瑠だけはダメだって言ったろう?」

「だけど…鴻さんが無理なのはわかってる。」

「だから…波瑠なのか?

波瑠自身が好きなわけじゃないならなおさら許す事はできない。」

桜智は泣きじゃくってこれ以上話しにはならなかった。

鴻はそんな桜智をただ抱きしめていた。








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