コガレル ~恋する遺伝子~


***


 長くて冷たい夜が明けた。
 太陽を置き土産に、台風は去って行った。

 今の私は、ダイニングキッチンのイスの上で、膝を抱えて座ってる。
 部屋の中で傘をさしたのは、人生で初めてだった。
 そういえば『やまない雨はない、明けない夜はない』って誰かが歌ってたな…

 この光景も昔漫画で見たことがある。
 床に並んだ雨水受けの鍋と食器たち。
 見上げれば天井はシミだらけだった。

 昼少し前、大家さんが大工を呼んで調べてもらって分かった。
 昨晩の台風により建物の屋根が大きく剥がされてたって。

 飛んだ屋根が人に直撃しなかったのは幸いでした、と区の職員さんは言った。
 大家さん宅の玄関前、なぜ区の職員さんがいるのか。
 それは漏電火災や倒壊の危険性も考えて、この家は取り壊すようにと指導に来たからだ。

 聞いたら大家さん夫妻、実は千葉に新居を建ててあるそう。
 一足先にそこで長男さんが暮らしてるって。

「長男は離婚したんでね、弥生ちゃん、うちにお嫁に来ないかい?」
「弥生ちゃん、美人さんだから喜ぶわよ、きっと」

 夫妻からの衝撃のスカウト。
 この夫婦の息子さんなら、若くても50代…?
 丁寧に辞退したことをお許し下さい。


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